突然の指名・3
文字数 2,055文字
実際にはどんなことをするかわからないけれど、正義の味方というものは、才能がある、なりたい人に任せればいい。
そう安直に考えたわたしは、小さい声で返事をした。
「わかりました。実技試験を受けます。よろしくお願いします」
「そうか、やる気になってくれたか!」
ほっとしたような顔になり、校長先生はようやくソファの背もたれに寄りかかった。
「試験を受けんことには、どうにもはじまらないからなぁ。いや、きみが受ける気になってくれて良かった!」
そして、実技試験の内容を話してくれるのかと思っていたら、校長先生は、もう自分から伝えることは終わったとばかりに満面の笑みを浮かべて、生徒会長のほうへ視線を向けた。
「試験については、この綾小路くんに説明してもらってくれ。彼は実技試験の立会人として一任されている。きみには我が校四人目となるために、ぜひ健闘してもらいたい」
校長室をあとにしたわたしは、授業中だということもあり、そのまま教室に戻るのだと思っていた。
けれど、生徒会長はついて来いとばかりに、不機嫌そうな表情で教室がある棟とは逆の廊下を歩いて行く。
黙ってあとに続くと、校舎の端になる扉から外へと出た。
職員室や教室からは見えない位置となり、ベンチに囲まれた広い中庭となるそこには、五月の風に揺れる青々とした芝生が植えられている。
校舎を背に中庭を見守るのは、どっかりと建った巨大な高校創始者の銅像だ。
その中庭の中心の位置まで進んだ生徒会長は、急に立ち止まった。
「校長はタヌキおやじだ。長所しか口にしていない。可能性のあるきみに、どうしても試験を受けさせたいからだ」
ゆっくりと振り返った生徒会長は、中庭の端で歩をとめていたわたしと向かい合い、目を細めて見つめてきた。
「これから一週間、月曜日となる今日から金曜日までのあいだに実技試験が行われる。適性検査の合格者が出た高校は、その期間は部活動など生徒の活動が一切禁止となり、部外者は授業終了後、全員速やかに帰宅しなければならない。校舎や運動場や設備の点検、理由はなんとでもつける。そして、その期間中に、きみは学校敷地内で実技試験を受けることになる」
黙って聞いていたわたしだけれど、そこで気がついた。
この試験は、わたしが想像していたよりも全校生徒に影響がある、大がかりな出来事なのではなかろうか。
わたしの、しまったというような表情を読んだらしい生徒会長は、嘲笑うように口もとの片端をあげてみせた。
「実技試験中の放課後立ち入り禁止は、情報漏洩の防止と部外者となる生徒の安全のためだ。――まさかきみは、校長の説明を聞いたあとでも、生命に危険なことはないなどという甘い考えを持っているのではないだろうな? 聞いただろう? 悪と戦う正義の味方を選ぶための試験なんだよ?」
そう口にした生徒会長の漆黒の瞳に、怪しい光が宿る。
ふわりと中庭を中心とした風が起こり、わたしの背に見えない壁を作ったような気がした。
生徒会長の放つ殺気に捕らえられたわたしは、一歩も動けなくなる。胸の前で両手を握りしめ、その場に立ち竦んだ。
「きみはどうやら自慢できる特技があるらしいな。校長がきみに質問をしたとき、きみは激しく動揺していた」
「そ、そんなもの、ありません」
ようやく声を絞りだしたが、さらさら聞く気がなさそうな生徒会長は、わたしを凝視したまま説明を続ける。
「正規のメンバーには、能力によってカラーが与えられる。ひとつのチームに同じカラーはいない。同じカラーが近くにふたり以上いた場合は、それぞれ別のチームに振り分けられる。きみは女性だ。この近辺では女性のカラーであるピンクがまだいない。必然的にぼくと同じチームになる。また、女性という枠を超えた能力をきみが持っている場合でも、よほどのことがない限り女性のカラーは変わらない」
そこで生徒会長は、言葉を切った。
話の流れで確信したことを、わたしはそのまま口にする。
「――メンバーのカラーの意味はわかりました。けれど、――いまの話では、先輩もメンバーのひとりなんですよね。それじゃあ、先輩のカラーはなんなんですか?」
わたしの質問に、生徒会長の整った顔が、嘲笑から真剣なまなざしへと変化する。
こんな状況であるにもかかわらず、その魅惑的な瞳を真っ直ぐに向けられたわたしは、つい見惚れたように視線がそらせない。
校舎のいたるところで植えられている樹の葉が、振動したようにざわりとさざめいた。
「ぼくはブルー、風や空気を操る能力者だ。ぼくの眼鏡にかなわなければ試験を受けるまでもなく、きみはここで不合格となる。同じチームに使えない人間はいらない。きみのような生半可な覚悟で合格できると思うなよ」
生徒会長が右手を前方へあげる。
同時に、周囲の空気が一気にわたしへ向かって牙を向いた。
「さあ。きみの能力をみせてみろ」
そう安直に考えたわたしは、小さい声で返事をした。
「わかりました。実技試験を受けます。よろしくお願いします」
「そうか、やる気になってくれたか!」
ほっとしたような顔になり、校長先生はようやくソファの背もたれに寄りかかった。
「試験を受けんことには、どうにもはじまらないからなぁ。いや、きみが受ける気になってくれて良かった!」
そして、実技試験の内容を話してくれるのかと思っていたら、校長先生は、もう自分から伝えることは終わったとばかりに満面の笑みを浮かべて、生徒会長のほうへ視線を向けた。
「試験については、この綾小路くんに説明してもらってくれ。彼は実技試験の立会人として一任されている。きみには我が校四人目となるために、ぜひ健闘してもらいたい」
校長室をあとにしたわたしは、授業中だということもあり、そのまま教室に戻るのだと思っていた。
けれど、生徒会長はついて来いとばかりに、不機嫌そうな表情で教室がある棟とは逆の廊下を歩いて行く。
黙ってあとに続くと、校舎の端になる扉から外へと出た。
職員室や教室からは見えない位置となり、ベンチに囲まれた広い中庭となるそこには、五月の風に揺れる青々とした芝生が植えられている。
校舎を背に中庭を見守るのは、どっかりと建った巨大な高校創始者の銅像だ。
その中庭の中心の位置まで進んだ生徒会長は、急に立ち止まった。
「校長はタヌキおやじだ。長所しか口にしていない。可能性のあるきみに、どうしても試験を受けさせたいからだ」
ゆっくりと振り返った生徒会長は、中庭の端で歩をとめていたわたしと向かい合い、目を細めて見つめてきた。
「これから一週間、月曜日となる今日から金曜日までのあいだに実技試験が行われる。適性検査の合格者が出た高校は、その期間は部活動など生徒の活動が一切禁止となり、部外者は授業終了後、全員速やかに帰宅しなければならない。校舎や運動場や設備の点検、理由はなんとでもつける。そして、その期間中に、きみは学校敷地内で実技試験を受けることになる」
黙って聞いていたわたしだけれど、そこで気がついた。
この試験は、わたしが想像していたよりも全校生徒に影響がある、大がかりな出来事なのではなかろうか。
わたしの、しまったというような表情を読んだらしい生徒会長は、嘲笑うように口もとの片端をあげてみせた。
「実技試験中の放課後立ち入り禁止は、情報漏洩の防止と部外者となる生徒の安全のためだ。――まさかきみは、校長の説明を聞いたあとでも、生命に危険なことはないなどという甘い考えを持っているのではないだろうな? 聞いただろう? 悪と戦う正義の味方を選ぶための試験なんだよ?」
そう口にした生徒会長の漆黒の瞳に、怪しい光が宿る。
ふわりと中庭を中心とした風が起こり、わたしの背に見えない壁を作ったような気がした。
生徒会長の放つ殺気に捕らえられたわたしは、一歩も動けなくなる。胸の前で両手を握りしめ、その場に立ち竦んだ。
「きみはどうやら自慢できる特技があるらしいな。校長がきみに質問をしたとき、きみは激しく動揺していた」
「そ、そんなもの、ありません」
ようやく声を絞りだしたが、さらさら聞く気がなさそうな生徒会長は、わたしを凝視したまま説明を続ける。
「正規のメンバーには、能力によってカラーが与えられる。ひとつのチームに同じカラーはいない。同じカラーが近くにふたり以上いた場合は、それぞれ別のチームに振り分けられる。きみは女性だ。この近辺では女性のカラーであるピンクがまだいない。必然的にぼくと同じチームになる。また、女性という枠を超えた能力をきみが持っている場合でも、よほどのことがない限り女性のカラーは変わらない」
そこで生徒会長は、言葉を切った。
話の流れで確信したことを、わたしはそのまま口にする。
「――メンバーのカラーの意味はわかりました。けれど、――いまの話では、先輩もメンバーのひとりなんですよね。それじゃあ、先輩のカラーはなんなんですか?」
わたしの質問に、生徒会長の整った顔が、嘲笑から真剣なまなざしへと変化する。
こんな状況であるにもかかわらず、その魅惑的な瞳を真っ直ぐに向けられたわたしは、つい見惚れたように視線がそらせない。
校舎のいたるところで植えられている樹の葉が、振動したようにざわりとさざめいた。
「ぼくはブルー、風や空気を操る能力者だ。ぼくの眼鏡にかなわなければ試験を受けるまでもなく、きみはここで不合格となる。同じチームに使えない人間はいらない。きみのような生半可な覚悟で合格できると思うなよ」
生徒会長が右手を前方へあげる。
同時に、周囲の空気が一気にわたしへ向かって牙を向いた。
「さあ。きみの能力をみせてみろ」