いきなり試験に突入です?!・2
文字数 1,999文字
慌ててわたしは教室へ駆けこみ、一番前の席へと向かった。
その机の上にだけ、B4サイズの紙が一枚、伏せられていたからだ。
わたしが席に座ると同時に、これ見よがしに先生は、ちらりと自分のゴージャスな腕時計へ視線を走らせる。
「三分遅れでスタート。机の上のプリントを表に向けてはじめなさい。制限時間はなし」
その声に、わたしは急いでプリントをひっくり返した。
そこに書かれていた内容は、数学の問題。
それも、小さな文字でびっしりと書かれている。
実技試験って、筆記試験ってことだったの?
まったく解ける自信がないわたしは、顔面蒼白でプリントの問題を見つめる。
それでも、手も足も出ない状態で問題を凝視しているあいだに気がついた。
――違う。
いや、違うんじゃない、知らないんだ。
どの問題も、まったく知らない公式や記憶にない解き方をする問題ばかりだ!
「あら? 不服そうな顔をしているわね」
この問題は高校一年の数学じゃないと文句を言おうとして顔をあげたとたんに、わたしの視線を待ちかまえていたような宮城先生の眼とぶつかった。
待ってましたとばかりに、瞳の奥に鈍く輝く炎がゆらりと蠢く。
その毒を含んだ眼とは対照的に笑顔を浮かべ、ゆっくりと言い聞かせるように、やわらかい声音で言葉を続けた。
「あら、いやだわ。まさか木下さん、習っていませんとか知りませんでしたで済むと思っているの? 今回の試験は、ただの学力テストではないとわかっているわよね」
にこやかに口にされ、わたしは返す言葉がない。
これは通常の試験じゃないとわかっているから。
ならば、問題を解くカギがあるのかと、わたしはプリントへ視線を落とす。
「はい、いまで五分経過」
大げさに腕時計を確認しながら、宮城先生はわたしの耳もとでささやいた。
そのとき、教室の後ろのドアが開く音がした。
思わず振り返ると、笑顔の紘一先輩がするりと入りこみ、凪先輩の横の席につく姿。
「ちょっと。邪魔しないでいただけるかしら」
鋭く声を飛ばした先生に対して、紘一先輩は真面目な表情になって即座に謝罪の言葉を口にした。
「すみません。メンバーとして見学希望です」
そして、凪先輩へ顔を向けると、わたしや先生にも聞こえる声で続けた。
「先生方にも全員、桂ちゃんのこの時間の試験は伝わっているみたいだね。腹痛で保健室へ行きたいって言ったら、あっさり許可されたよ」
その声を聞いたわたしは、ますます蒼ざめた。
背中に冷たい汗が流れる。
学校中の先生が皆、わたしがこの試験を受けていることを知っているんだ。
全然解ける気配のない問題を前に、ここで固まっていることを知っているってことなんだ。
うるさいくらいに心臓の鼓動が高まり、このまま意識が遠のくような気までしてくる。
つい助けを求めるように、わたしは後ろの席で見守っている凪先輩のほうへと振りむいた。
受験者の要望があれば、メンバーの手助けを要請できるんだったよね。
なにか、この窮地を脱出できる手がかりをもらえないのだろうか。
わたしの視線の意味を理解したように、凪先輩は見返してきた。
けれど。
「悪いが、今回は自分で対処すべき内容だ。こちらからサポートできない」
にべもなく凪先輩は無表情で口にする。
すると、すかさず宮城先生がわたしへ向かって言った。
「すぐに他人に頼ろうとするのをやめなさい。それに試験中はよそ見をしない。減点にするわよ。もっとも、まず引ける点数をとることができるのかしらねぇ」
嘲笑うような響きを含んだ先生の声に、わたしは恥ずかしさで顔が紅潮した。
答案用紙の前で、シャーペンを握りしめたまま動けない。
すると。
わたしの右手の中で、シャーペンが砕けた。あまりの緊張に、力の加減ができなかったらしい。
握りつぶしてしまった。
慌ててわたしは、筆箱の中から新しいシャーペンをとりだそうとしたけれど。
手にしたとたんに、シャーペンの真ん中をひねりつぶしてしまった。
さすがに、教壇からわたしの様子を見ていた宮城先生が、驚いたように目を見開いた。
まずい。
このままじゃ、まともに試験さえ受けられない。
そのとき、事情を察したのか、背後から凪先輩の声が聞こえた。
「桂、焦るな。制限時間がないということは、逆に考えれば時間はたっぷりある。落ちついて考えろ」
凪先輩の言葉に、わたしは少し冷静さを取り戻す。
焦ったところで、事態が好転するわけじゃない。
この状態の中で、より良い方法と行動をとっていかなきゃ。
絶対絶命じゃない。
どこかに活路があるはずだ。
気を取り直したわたしは、今度は握りつぶすことなく、鉛筆を手に取った。
その机の上にだけ、B4サイズの紙が一枚、伏せられていたからだ。
わたしが席に座ると同時に、これ見よがしに先生は、ちらりと自分のゴージャスな腕時計へ視線を走らせる。
「三分遅れでスタート。机の上のプリントを表に向けてはじめなさい。制限時間はなし」
その声に、わたしは急いでプリントをひっくり返した。
そこに書かれていた内容は、数学の問題。
それも、小さな文字でびっしりと書かれている。
実技試験って、筆記試験ってことだったの?
まったく解ける自信がないわたしは、顔面蒼白でプリントの問題を見つめる。
それでも、手も足も出ない状態で問題を凝視しているあいだに気がついた。
――違う。
いや、違うんじゃない、知らないんだ。
どの問題も、まったく知らない公式や記憶にない解き方をする問題ばかりだ!
「あら? 不服そうな顔をしているわね」
この問題は高校一年の数学じゃないと文句を言おうとして顔をあげたとたんに、わたしの視線を待ちかまえていたような宮城先生の眼とぶつかった。
待ってましたとばかりに、瞳の奥に鈍く輝く炎がゆらりと蠢く。
その毒を含んだ眼とは対照的に笑顔を浮かべ、ゆっくりと言い聞かせるように、やわらかい声音で言葉を続けた。
「あら、いやだわ。まさか木下さん、習っていませんとか知りませんでしたで済むと思っているの? 今回の試験は、ただの学力テストではないとわかっているわよね」
にこやかに口にされ、わたしは返す言葉がない。
これは通常の試験じゃないとわかっているから。
ならば、問題を解くカギがあるのかと、わたしはプリントへ視線を落とす。
「はい、いまで五分経過」
大げさに腕時計を確認しながら、宮城先生はわたしの耳もとでささやいた。
そのとき、教室の後ろのドアが開く音がした。
思わず振り返ると、笑顔の紘一先輩がするりと入りこみ、凪先輩の横の席につく姿。
「ちょっと。邪魔しないでいただけるかしら」
鋭く声を飛ばした先生に対して、紘一先輩は真面目な表情になって即座に謝罪の言葉を口にした。
「すみません。メンバーとして見学希望です」
そして、凪先輩へ顔を向けると、わたしや先生にも聞こえる声で続けた。
「先生方にも全員、桂ちゃんのこの時間の試験は伝わっているみたいだね。腹痛で保健室へ行きたいって言ったら、あっさり許可されたよ」
その声を聞いたわたしは、ますます蒼ざめた。
背中に冷たい汗が流れる。
学校中の先生が皆、わたしがこの試験を受けていることを知っているんだ。
全然解ける気配のない問題を前に、ここで固まっていることを知っているってことなんだ。
うるさいくらいに心臓の鼓動が高まり、このまま意識が遠のくような気までしてくる。
つい助けを求めるように、わたしは後ろの席で見守っている凪先輩のほうへと振りむいた。
受験者の要望があれば、メンバーの手助けを要請できるんだったよね。
なにか、この窮地を脱出できる手がかりをもらえないのだろうか。
わたしの視線の意味を理解したように、凪先輩は見返してきた。
けれど。
「悪いが、今回は自分で対処すべき内容だ。こちらからサポートできない」
にべもなく凪先輩は無表情で口にする。
すると、すかさず宮城先生がわたしへ向かって言った。
「すぐに他人に頼ろうとするのをやめなさい。それに試験中はよそ見をしない。減点にするわよ。もっとも、まず引ける点数をとることができるのかしらねぇ」
嘲笑うような響きを含んだ先生の声に、わたしは恥ずかしさで顔が紅潮した。
答案用紙の前で、シャーペンを握りしめたまま動けない。
すると。
わたしの右手の中で、シャーペンが砕けた。あまりの緊張に、力の加減ができなかったらしい。
握りつぶしてしまった。
慌ててわたしは、筆箱の中から新しいシャーペンをとりだそうとしたけれど。
手にしたとたんに、シャーペンの真ん中をひねりつぶしてしまった。
さすがに、教壇からわたしの様子を見ていた宮城先生が、驚いたように目を見開いた。
まずい。
このままじゃ、まともに試験さえ受けられない。
そのとき、事情を察したのか、背後から凪先輩の声が聞こえた。
「桂、焦るな。制限時間がないということは、逆に考えれば時間はたっぷりある。落ちついて考えろ」
凪先輩の言葉に、わたしは少し冷静さを取り戻す。
焦ったところで、事態が好転するわけじゃない。
この状態の中で、より良い方法と行動をとっていかなきゃ。
絶対絶命じゃない。
どこかに活路があるはずだ。
気を取り直したわたしは、今度は握りつぶすことなく、鉛筆を手に取った。