突然の指名・6

文字数 1,735文字

 わたし視線に気づいた生徒会長は、急に目をそらすと、気弱そうにぽつりと告げた。

「――風使いのぼくも普通の人間とは言い難いからな。ぼくも生まれつきの能力だ。この力のせいで、昔は嫌な目にも遭ってきた」

 いままでの傲慢な態度からは考えられない意外な告白を聞いて、わたしはつい、じっと生徒会長の憂い顔を見る。
 すると。
 突然生徒会長は、場の空気を変えるように手を叩いた。
 その音に、わたしはびくっと身体を震わせる。

「わかった。きみの力も確認したし、今回の実技試験を予定通り受けてもらう。きみの力を知らずに援護も見届けもできないと思っていたんだ。だが、これからは、中途半端な態度は立会人としてのぼくが許さない」
「え~っ!」

 当てが外れたわたしは、その場で力尽きたようにがっくりうなだれた。
 けれど、生徒会長は穏やかに言葉を続ける。

「きみにとって、これはひとつの分岐点だと思う。適性があり活かせる環境があるのなら、前向きに考えるべきじゃないか?」

 声の質が柔らかくなったその言葉に、思わずわたしは生徒会長へと視線をあげた。
 すると、最初のころに見せたような馬鹿にする笑いを浮かべた生徒会長ではなく、いくらか好奇心を湛えたような光を宿した瞳で、わたしを見つめていた。

「先ほど、ぼくを考えなし呼ばわりをした度胸も認めてやる。ただのぶりっこかと思ったが、適度に反抗するところも面白い。――とっさの場合、名称は短いほうがいい。実技試験のあいだ、ぼくのことは苗字や生徒会長ではなく凪と呼べ。試験期間中は許可する。きみのことは桂と呼ぶ」
「え?」

 年上の男の人を、いきなり下の名前で呼ぶ許可ですか? 
 そして、わたしも下の名前で呼ばれるなんて。
 彼氏がいないわたしにとって、それって生まれて初めての体験じゃないですか!

 急に決定された呼び名の特別扱いに、わたしはつい頬が染まる。
 けれど、さっそく呼んでみたいじゃないですか。

「えっと。凪?」
「誰がいきなり呼び捨てにしていいと言った! 緊急事態のとき以外は先輩をつけろ!」

 凪先輩の怒号に首をすくませるはめになった。

 そんな言い方、しなくてもいいじゃない。
 わたしは唇を尖らせて、ぶつぶつと文句を口の中でつぶやく。
 そんなわたしに、凪先輩は鋭く突っ込んだ。

「なにか言いたいことは? はっきり口にしろ!」
「いいえ。ありません。下の名前に先輩をつけると、結局苗字と同じくらい長くなるじゃないですかってことくらいです!」
「充分、言いたいことを言っているじゃないか」

 眉を寄せながら、凪先輩はわたしを睨んで言葉を続けた。

「生半可な気持ちで受けると怪我をする。緊急事態の際は、長い名前でさえもどかしくイライラする。ヘルプやリタイアは早めに意思表示をしろということだ。それと、実技試験中であるこの一週間は授業に関して、遅刻や途中退出の特別許可が出ている。それと、あとは……」

 続けて試験についての注意事項や説明を聞かされたけれど、途中からわたしの耳には入ってこない。
 いくら皆の憧れの生徒会長を下の名前で呼ぶ特権をもらったとしても。
 やっぱり危険な試験は受けたくないと心底思って、わたしは、がっくり肩を落とした。

 教室へ戻りながら、わたしは気になることをたずねた。

「――凪先輩は、女性のメンバーの色ってピンクだと言いましたよね」
「ああ。過去に馬鹿力に対する色の設定はされていないからな」
「その馬鹿力って言うの、やめてくださいよ。――それじゃあ、わたしはどうしてもピンク決定ですか?」
「なんだ、嫌なのか?」

 意外そうに、隣を歩いていた凪先輩はわたしの顔をのぞきこんだ。

「きみが願っていた通りの女の子らしい色じゃないか。どこが不服なんだ。大食いイメージのあるイエローのほうがいいのか?」
「いえ、そんな言い方されたら、イエローも女の子らしさから遠ざかっちゃいますけれど」

 ピンクは女の子らしい色。
 それは充分わかっている。
 でも、この怪力を持つ女の子らしくないわたしに似合うはずがないと思ってしまう。
 まさしく、名前負けというものだ。
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