いきなり試験に突入です?!・5
文字数 2,072文字
「桂ちゃ~ん! 帰ってこないかと思ったよ」
教室の前で、やきもきしたような表情の晴香がわたしを見つけ、大きく手を振った。
「ほら! 次の三時間目と四時間目は、家庭科の調理実習でしょ? 早く移動して準備をしなきゃ。桂ちゃんの荷物は、わたしが用意しておいたから」
「ありがとう!」
わたしは先ほどまでの試験の興奮も冷めぬまま、晴香から調理実習の荷物を受け取って移動する。
そして、滑りこみで調理実習室へとたどり着いた。
「遅い、桂ちゃん」
「大丈夫だった? 宮城先生の追加の授業」
問いかけてくる同じ班の子にあいまいな笑みと返事をしながら、わたしは晴香とともにエプロンをつける。
可愛らしい容姿の晴香は、事前に料理も得意と聞いていたせいもあり、エプロン姿がよく似合った。
それに比べて、ほとんど家で手伝いなんかしたことがないわたしは、それだけでエプロン姿がしっくりとしない気がする。
今日の調理実習は、ケーキの中でも初級となるバウンドケーキを班で作るんだけれど、ケーキ作り初体験のわたしにとっては、不安がいっぱい。
どうにか支度が整ったとき、奥の部屋から家庭科の先生が姿を現した。
中里 先生は、五十を過ぎた全体に丸みのある小柄な女性。
きっちり後頭部にシニヨンを作り、着こなす衣服はアイロンの折り目が正しい清純な雰囲気のブラウスにスカート。
そして性格は、実技が絡むと、優しい笑顔を浮かべながら辛い点数をつける独身の先生だと、上級生から情報がまわってきている。
タイミングが悪いのか、その時間は偶然にも、失敗するところばかりを先生に見られてしまった。
そのフォローを、笑顔で晴香がしてくれていたんだけれど。
最後の最後で切り分けるとき、見事にわたしはケーキの四角い形を崩し、絞った生クリームをお皿からあふれさせた。
「あなた、なんて不器用なのかしら」
頬に手をあて、わたしの手もとをのぞきこんでいた先生は、ため息まじりにつぶやいた。
「あなたの手際には、とても合格点をあげられないわ。放課後、居残りをしてもう一度作ってもらおうかしら。ああ、班全員じゃなくて、あなただけ」
そんな。
自分が料理下手だと思っていたけれど。
ケーキの膨らみ率も悪かったけれど。
最後の盛り付けも失敗したけれど。
これが、他人から見てもそこまでひどかったとは。
先生の言葉に、班の子たちは同情の目をわたしに向ける。
その半面、連帯責任で居残りを命じられずにほっとした表情も読みとれた。
けれど、と、わたしは考える。
放課後は秘密の試験が行われる可能性があるために、全校生徒が居残り禁止のはずだ。
「――あの、先生、放課後は……」
「この調理実習室のある場所では、今日は工事も行われないはずだし、私のほうから校長先生にお願いしておくから。放課後にもう一度、あなただけここへいらっしゃい」
おそるおそる口を開こうとしたわたしの言いたいことは伝わったらしいのに、秘密の試験を受けているのがわたしだってこと、この中里先生には伝わっていないのだろうか。
――それとも、もしかして。
ある考えが浮かんでしまい、確かめるようにじっと先生の顔を見つめたわたしのそばで、そのとき晴香が声をあげた。
「先生! わたしも一緒に残っていいですか?」
「あら、あなたは上手にできているわよ」
先生は、驚いたように晴香へ顔を向けた。
晴香は、先生の前へまわりこんで続ける。
「桂ちゃんは、うっかり者でぼんやりしているだけなんです! 温度調節や材料を量るメモリを読み間違ったり、砂糖と塩の区別がつかなかったり、小麦粉とふくらし粉の比率を逆にしたりしただけなんです! 生クリームを絞るのだって、ただ力加減ができていないだけ。だから、わたしにそばでアドバイスをさせてください!」
友情を感じさせるような、必死にうったえる晴香の言葉。
けれど、よく聞けばひどいセリフ。
でも言い返せない。
真剣な表情の晴香と、乾いた笑みを浮かべるわたしを交互に見ながら、中里先生は大きくうなずいた。
「いいわよ、アドバイス。その代り、調理に直接手を出さないようにね」
その先生のひと言で、晴香はわたしを振り返り、涙を浮かべた瞳を向けた。
「良かったね! 桂ちゃん。ただでさえ再試をひとりだけ受けているおバカなのに、不器用が輪をかけたら悲しいものね!」
「――ありがと」
手まで握り締めてきた晴香に、わたしは脱力した笑顔を向けてお礼を口にした。
でも、これでひとつはっきりしたことがある。
一瞬、放課後に残らされての二回目となる実技試験が行われるのかと思ったけれど、あっさり部外者の晴香の居残りがOKされた。
ということは、これは実技試験ではないってこと。
つまりは、正真正銘わたしがまともにケーキひとつも焼けない不器用だって、本当に先生に思われたってことだ。
くっ、キツい。
教室の前で、やきもきしたような表情の晴香がわたしを見つけ、大きく手を振った。
「ほら! 次の三時間目と四時間目は、家庭科の調理実習でしょ? 早く移動して準備をしなきゃ。桂ちゃんの荷物は、わたしが用意しておいたから」
「ありがとう!」
わたしは先ほどまでの試験の興奮も冷めぬまま、晴香から調理実習の荷物を受け取って移動する。
そして、滑りこみで調理実習室へとたどり着いた。
「遅い、桂ちゃん」
「大丈夫だった? 宮城先生の追加の授業」
問いかけてくる同じ班の子にあいまいな笑みと返事をしながら、わたしは晴香とともにエプロンをつける。
可愛らしい容姿の晴香は、事前に料理も得意と聞いていたせいもあり、エプロン姿がよく似合った。
それに比べて、ほとんど家で手伝いなんかしたことがないわたしは、それだけでエプロン姿がしっくりとしない気がする。
今日の調理実習は、ケーキの中でも初級となるバウンドケーキを班で作るんだけれど、ケーキ作り初体験のわたしにとっては、不安がいっぱい。
どうにか支度が整ったとき、奥の部屋から家庭科の先生が姿を現した。
きっちり後頭部にシニヨンを作り、着こなす衣服はアイロンの折り目が正しい清純な雰囲気のブラウスにスカート。
そして性格は、実技が絡むと、優しい笑顔を浮かべながら辛い点数をつける独身の先生だと、上級生から情報がまわってきている。
タイミングが悪いのか、その時間は偶然にも、失敗するところばかりを先生に見られてしまった。
そのフォローを、笑顔で晴香がしてくれていたんだけれど。
最後の最後で切り分けるとき、見事にわたしはケーキの四角い形を崩し、絞った生クリームをお皿からあふれさせた。
「あなた、なんて不器用なのかしら」
頬に手をあて、わたしの手もとをのぞきこんでいた先生は、ため息まじりにつぶやいた。
「あなたの手際には、とても合格点をあげられないわ。放課後、居残りをしてもう一度作ってもらおうかしら。ああ、班全員じゃなくて、あなただけ」
そんな。
自分が料理下手だと思っていたけれど。
ケーキの膨らみ率も悪かったけれど。
最後の盛り付けも失敗したけれど。
これが、他人から見てもそこまでひどかったとは。
先生の言葉に、班の子たちは同情の目をわたしに向ける。
その半面、連帯責任で居残りを命じられずにほっとした表情も読みとれた。
けれど、と、わたしは考える。
放課後は秘密の試験が行われる可能性があるために、全校生徒が居残り禁止のはずだ。
「――あの、先生、放課後は……」
「この調理実習室のある場所では、今日は工事も行われないはずだし、私のほうから校長先生にお願いしておくから。放課後にもう一度、あなただけここへいらっしゃい」
おそるおそる口を開こうとしたわたしの言いたいことは伝わったらしいのに、秘密の試験を受けているのがわたしだってこと、この中里先生には伝わっていないのだろうか。
――それとも、もしかして。
ある考えが浮かんでしまい、確かめるようにじっと先生の顔を見つめたわたしのそばで、そのとき晴香が声をあげた。
「先生! わたしも一緒に残っていいですか?」
「あら、あなたは上手にできているわよ」
先生は、驚いたように晴香へ顔を向けた。
晴香は、先生の前へまわりこんで続ける。
「桂ちゃんは、うっかり者でぼんやりしているだけなんです! 温度調節や材料を量るメモリを読み間違ったり、砂糖と塩の区別がつかなかったり、小麦粉とふくらし粉の比率を逆にしたりしただけなんです! 生クリームを絞るのだって、ただ力加減ができていないだけ。だから、わたしにそばでアドバイスをさせてください!」
友情を感じさせるような、必死にうったえる晴香の言葉。
けれど、よく聞けばひどいセリフ。
でも言い返せない。
真剣な表情の晴香と、乾いた笑みを浮かべるわたしを交互に見ながら、中里先生は大きくうなずいた。
「いいわよ、アドバイス。その代り、調理に直接手を出さないようにね」
その先生のひと言で、晴香はわたしを振り返り、涙を浮かべた瞳を向けた。
「良かったね! 桂ちゃん。ただでさえ再試をひとりだけ受けているおバカなのに、不器用が輪をかけたら悲しいものね!」
「――ありがと」
手まで握り締めてきた晴香に、わたしは脱力した笑顔を向けてお礼を口にした。
でも、これでひとつはっきりしたことがある。
一瞬、放課後に残らされての二回目となる実技試験が行われるのかと思ったけれど、あっさり部外者の晴香の居残りがOKされた。
ということは、これは実技試験ではないってこと。
つまりは、正真正銘わたしがまともにケーキひとつも焼けない不器用だって、本当に先生に思われたってことだ。
くっ、キツい。