新たな能力者・6

文字数 1,870文字

 彼は、やわらかな笑みを浮かべたまま動かない。
 直前になって、ひらりとかわされてもシャレにならないので、わたしは飛びつける距離まで近寄ると、狙いを定めて両手を広げ、えいっと抱きついた。

 ――抱きついたはずだった。
 ところが、わたしは彼の身体を通り抜けて、勢い余って前のめりに倒れこんだ。
 慌てて両手を床について、膝がぶつからないように回避する。
 そして、わたしは驚愕の表情で振り返り、照れたように頭をかく彼の背中を凝視した。

 風使いの凪先輩。
 そうなれば、この彼も特殊な能力使いであるメンバーなんだ!

 やっと気づいたわたしへ、意地の悪い凪先輩が楽しそうな声を飛ばしてくる。

「どうした、桂? 捕まえないのか?」
「それなら、凪先輩が彼を捕まえる手本を見せてくださいよ! これは試験じゃないんでしょう?」

 不貞腐れたようにわたしが叫び返すと、凪先輩は大きな声で笑った。
 助ける気など、さらさらないようだ。
 そんな凪先輩とわたしを見比べた彼は、嬉しそうに私だけに聞こえる小さな声でささやいた。

「凪が楽しそうだ。周囲の期待に応えなければと肩ひじを張っていた凪が、きみの前ではのびのびとしている」
「凪先輩はただ、わたしで遊んでいるだけですって!」

 頬をふくらませたわたしへ手を差しのべながら、彼は言葉を続けた。

「ぼくは、別にきみを試したいとかじゃないんだ。ただ、どんな子が今年、選ばれたのかなって思って会いにきただけなんだよ」

 わたしは、おそるおそる右手をのばし、差しだされた手のひらをゆっくりとあわせる。
 先ほどとは違って、その手は温かくて質感があった。
 そっと引っ張り起こされ、わたしは立ちあがる。
 ようやく笑いをおさめた凪先輩が、わたしと彼のほうへ近づきながら口を開いた。

「彼の名は透流(とおる)だ。メンバーのひとりであり、近くの大学に通っている」
「――大学生?」

 高校生じゃないメンバーがいるんだ。
 わたしの考えを読んだのか、凪先輩が言葉を続けた。

「人間の記憶力や身体能力は、一部の学説では二十歳のころが最高期だと言われている。そのためにメンバーは高校入学の時期に見つけだし、成人するまでに訓練を受けるんだ。ただ、未成年者だけの組織では行動が制限されるために、必ず成人をひとりメンバーに加えてリーダーとする」
「ぼくは、リーダーとしては頼りないんだけれどね」

 照れたように笑った透流さんの言葉を聞いた凪先輩は、苦笑を浮かべた。

 否定をしない凪先輩。
 それって、頼りないってところを肯定しているんじゃないの? 

 一応透流さんに対しては丁寧な言葉を使っているのに、やっぱり凪先輩って失礼な人だなぁと思ったわたしは、口もとをゆるめている凪先輩を睨みつける。
 そんなわたしへ向かって、透流さんが話しかけてきた。

「ぼくの能力はわかったかな。『通り抜け』なんだ。生き物でも壁でも、その気になれば通り抜けられる。よく超能力のテレポートと間違えられるけれど、瞬間移動ではないんだ」
「へ~! すごいです!」

 すぐに感嘆の声をあげてから、わたしはふと心の中で疑問を持つ。

 そりゃあ、物でも人でも通り抜けられるってすごいことだ。
 でも、瞬間に建物内へ入りこんだりする能力ではないとすると、戦隊メンバーとして、どんな役に立つのだろう?
 すぐには思いつかない。
 けれど、先ほど凪先輩に頼りないという性格を否定もされず、本当にすごい能力である『通り抜け』も、実際にはどう実用的にすごいのかわからない能力を持つ透流さんに、初対面のわたしが確かめられるわけがない。
 そのうち、わかってくるのだろうか。

「ぼくが二年前に、凪の実技試験を立ち会ったんだよ」

 わたしの心の内に気づかない透流さんは、話を続けた。

「当時は、この高校にメンバーはいなかったから、現役立会人として近くの大学に通っていたぼくが呼ばれたんだ。凪とは、そのときからの縁になる。ぼくの助けが必要ないくらいに、凪は良い成績で実技試験を合格したよ」
「なにも彼女に、昔話を聞かせることもないじゃないですか」
「ああ、凪は照れてるの?」
「違います!」

 ふたりのやり取りを黙って聞きながら、わたしは実技試験のことを思いだして気が滅入る。

 凪先輩は生徒会長に選ばれるくらい、運動神経も頭も良く、なんでもできるのだろう。
 それに比べて、きっとわたしは、期待はずれで幻滅させるに違いない。

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