いきなり試験に突入です?!・1

文字数 1,622文字

 本当に行われるのかどうかもわからない実技試験だけれど、実はそろそろ、わたしの気は緩んでダレていた。

 だって、いつまで経ってもはじまらないじゃない?

 校長先生から話を聞かされた月曜日から丸二日、授業中も気を張っていたのに、ついにわたしは油断をしてしまった。

「木下さん」

 うっかり黒板から視線を外していたときに、名前を呼ばれた。
 慌てて前を向いたけれど、もう遅い。
 一時間目の数Ⅰの担当である宮城(みやぎ)先生が、口もとに笑みを浮かべながらも、眼鏡の奥から鋭くわたしを睨みつけていた。

「五月も半ばだもの、そろそろ気が緩む季節かしらねぇ?」

 スタイルの良い長身で、かなり身体のラインが出る服装を好んでいる。
 もちろん男子生徒の視線を釘づけにするけれど、いかにも厳しそうな空気をまとった先生で、差し棒をこれ見よがしに手に持って、威嚇するようにピシピシと黒板を叩く。
 ドラマに出てくるような迫力のある女教師、そのままだ。

「このクラスの学級委員長! 次の二時間目はなんの教科かしら?」

 急に宮城先生は、クラス委員の男子へと視線を向ける。
 どきまぎしながら立ちあがった彼は、小さな声で返事をする。

「次の現国は、先生が用事のために自習だと言われていて、ぼくがプリントを預かってます」
「あら、そうなの」

 宮城先生は口もとに笑みを浮かべると、クラス中を見渡しながら告げた。

「木下さん、あなたは二時間目にひとりで自習室へいらっしゃい。現国の先生には私のほうから、木下さんのプリント提出ができなかった理由を伝えておきます! ほかの皆さんは、予定通り自習プリントをすること」

 そして、わたしへ冷やかな一瞥をくれたあと、黒板へと視線を向けた。

 宮城先生に、目をつけられちゃった! 

 わたしは凍りつき、本当に手足の指先が冷たくなった。
 このあとの先生の言葉が、全然頭に入ってこなくなる。

「――桂ちゃん、大丈夫?」

 先生の目を盗んで、隣の晴香が心配そうに声をかけてくる。
 力なくうなずくわたしへ、晴香はささやいた。

「先生の言うことなんか、気にしない気にしない。自習室へはついていけないけれど、それに、どんなお仕置きかわからないけれど。桂ちゃん、頑張って!」

 無邪気な晴香の言葉を聞いて、ますますわたしは不安になった。



 一時間目と二時間目のあいだの休み時間、心配顔の晴香に見送られたわたしは、ひとりで一年の教室が並ぶ階の端にある自習室へと向かった。
 自習室へ呼ばれるからには、筆記用具くらいは必要だろう。
 手ぶらで行って、やる気なしに思われたら大変だ。

 筆記用具を持ったわたしは足取り重く、二時間目がはじまる直前に、自習室のドアをゆっくりと開ける。
 とたんに、鋭い声を浴びせられた。

「教師よりも遅れてくるなんて、まずしつけがなっていないわね」

 黒板前の教壇で仁王立った宮城先生が、腕を組んで睨みつけていた。
 わたしは恐怖で竦みあがり、教室へ一歩も入ることができなくなる。
 どうすれば良いのかわからず固まったわたしへ、そのとき、救いの声がかけられた。

「なにをしている? 桂、さっさと教室へ入って席につけ」

 声のしたほうを見ると、渋い表情の凪先輩が、教室の一番後ろの席に座っていた。

「なんで? え? まさか凪先輩も素行が悪くて呼びだされたとか」
「馬鹿者! さっさと席につけ!」

 わたしに向かって眉をひそめた凪先輩が、低く命令する。

 思わず、凪先輩へ失礼な言葉を口にしたけれど。
 品行方正成績優秀である生徒会長の凪先輩が、そんなことで呼びだされるはずがない。
 まさか。

「行儀も悪い。動きも遅い。減点ね」

 そう告げた宮城先生は、獲物を見つけたような眼をわたしに向けたまま、妖艶に笑った。

「いまから、メンバー選出試験を行います」
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