突然の指名・1
文字数 1,673文字
すたすたと歩いている生徒会長のあとを、わたしは遅れないように小走りでついて行く。
入学してまだ一カ月ほどしか経っていない高校生活だ。
職員室のさらに奥にある校長室など、もちろん行ったことはない。
まだ呼びだされるような事件をしでかした覚えがなく、はやく話の内容を確認したいわたしは、一年の教室がある四階から一階の校長室へ向かう階段を降りるときに、やっとの思いで生徒会長へ声をかけた。
「――あの。家でなにかあったんですか? それとも、お父さんとお母さんになにか……」
「きみは」
先に階段を降りていた生徒会長が突然立ち止まり、言いかけたわたしの言葉へ、とがらせた声をかぶせながら振り向いた。
そのために、生徒会長へぶつかりそうになる。
驚くと同時に、彼より一段上にいたわたしは、目の高さが近いところで射るような視線を向けられ、思わず息をのみこんだ。
わたしの強張った表情に気がついたのだろうか、言葉を切った生徒会長は、ふっと表情を和らげる。
そして、小さく声を落として続けた。
「きみが考えているようなことは起こっていない。家は無事だし、御両親も変わらず健在だ」
そこまで口にした生徒会長は、今度は観察をするようにわたしの顔を見つめた。
生徒会長の明瞭な返事を聞いて、わたしはようやく安堵する。
大きくため息をついたわたしは、生徒会長の目があるにもかかわらず、口もとに笑みが浮かんだ。
緊張が緩んだわたしへ、生徒会長が凝視したまま問いかけてくる。
「本当に、きみが木下桂さんで間違いないだろうな」
「はい?」
まるで疑っているかのような口調の生徒会長へ、わたしは眉をひそめた。
「そうですけれど……。でも、なんでそんなことを聞くんですか?」
ちょっと心に余裕がでてきたわたしは、黙って見つめてくる生徒会長の顔を見返した。
癖のない前髪の向こう側にある漆黒の瞳は、力強い光を宿している。鼻筋が通っていて立体感のある顔立ち。
かたく結ばれた口もとは、そのまま彼の意思の強さと責任感を表しているようだ。
騒いでいたクラスメイトの様子がわたしの脳裏によぎったとき。
その整った顔のままで、生徒会長はゆっくりと口を開いた。
「そうか。想像よりもかなりイメージが違っていたからだ」
想像と違うって?
わたしは急に、自分の容姿が気になった。
百五十五センチの身長は高くない。
体重は一応バランスがとれている。
十人並の顔立ちだと思っているが、これといった特徴のない顔。
伸ばすと毛先だけふわふわクリクリとしてくる天然パーマの髪は、あまり好きではないために、肩口で切りそろえてある。
想像よりも地味だと思われたのだろうか。
それとも、野暮ったいと思われたのだろうか。
やはり、異性に少しでも良く見られたいと思う心理が働いたわたしは、可憐で女の子らしいしぐさにみえるようにと胸の前で両手を組み、小首をかしげながら生徒会長を見つめた。
そんなそわそわしだしたわたしをじっと見つめていた彼は、不意に馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「もっとできる奴が呼ばれたと思ったんだよ。――こんなぶりっこだったとは。きっとハズレだな」
そのあまりの言葉に、唖然と口をあけて絶句しているわたしを一瞥すると、生徒会長はふたたび前を向いて階段を降りはじめる。
生徒会長にとって、わたしは入学してきたばかりの一年生で、顔さえ覚えられていない大勢の中のひとりに違いない。
そんな初対面同然の人間に向かって、なんて失礼な!
さすがに抗議をしようと、わたしは身体中に怒りをみなぎらせながら階段を駆け降りる。
すると、踊り場まで降りた生徒会長はわたしのほうへ振り返ると、先ほどの蔑むような笑みを浮かべたまま、あっさりと口にした。
「そうだった。きみが呼ばれた理由は家でも御両親のことでもなく、きみ自身に関してだ」
その瞬間、わたしは傍から見てもわかるくらいに、顔から血の気が引いた。
入学してまだ一カ月ほどしか経っていない高校生活だ。
職員室のさらに奥にある校長室など、もちろん行ったことはない。
まだ呼びだされるような事件をしでかした覚えがなく、はやく話の内容を確認したいわたしは、一年の教室がある四階から一階の校長室へ向かう階段を降りるときに、やっとの思いで生徒会長へ声をかけた。
「――あの。家でなにかあったんですか? それとも、お父さんとお母さんになにか……」
「きみは」
先に階段を降りていた生徒会長が突然立ち止まり、言いかけたわたしの言葉へ、とがらせた声をかぶせながら振り向いた。
そのために、生徒会長へぶつかりそうになる。
驚くと同時に、彼より一段上にいたわたしは、目の高さが近いところで射るような視線を向けられ、思わず息をのみこんだ。
わたしの強張った表情に気がついたのだろうか、言葉を切った生徒会長は、ふっと表情を和らげる。
そして、小さく声を落として続けた。
「きみが考えているようなことは起こっていない。家は無事だし、御両親も変わらず健在だ」
そこまで口にした生徒会長は、今度は観察をするようにわたしの顔を見つめた。
生徒会長の明瞭な返事を聞いて、わたしはようやく安堵する。
大きくため息をついたわたしは、生徒会長の目があるにもかかわらず、口もとに笑みが浮かんだ。
緊張が緩んだわたしへ、生徒会長が凝視したまま問いかけてくる。
「本当に、きみが木下桂さんで間違いないだろうな」
「はい?」
まるで疑っているかのような口調の生徒会長へ、わたしは眉をひそめた。
「そうですけれど……。でも、なんでそんなことを聞くんですか?」
ちょっと心に余裕がでてきたわたしは、黙って見つめてくる生徒会長の顔を見返した。
癖のない前髪の向こう側にある漆黒の瞳は、力強い光を宿している。鼻筋が通っていて立体感のある顔立ち。
かたく結ばれた口もとは、そのまま彼の意思の強さと責任感を表しているようだ。
騒いでいたクラスメイトの様子がわたしの脳裏によぎったとき。
その整った顔のままで、生徒会長はゆっくりと口を開いた。
「そうか。想像よりもかなりイメージが違っていたからだ」
想像と違うって?
わたしは急に、自分の容姿が気になった。
百五十五センチの身長は高くない。
体重は一応バランスがとれている。
十人並の顔立ちだと思っているが、これといった特徴のない顔。
伸ばすと毛先だけふわふわクリクリとしてくる天然パーマの髪は、あまり好きではないために、肩口で切りそろえてある。
想像よりも地味だと思われたのだろうか。
それとも、野暮ったいと思われたのだろうか。
やはり、異性に少しでも良く見られたいと思う心理が働いたわたしは、可憐で女の子らしいしぐさにみえるようにと胸の前で両手を組み、小首をかしげながら生徒会長を見つめた。
そんなそわそわしだしたわたしをじっと見つめていた彼は、不意に馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「もっとできる奴が呼ばれたと思ったんだよ。――こんなぶりっこだったとは。きっとハズレだな」
そのあまりの言葉に、唖然と口をあけて絶句しているわたしを一瞥すると、生徒会長はふたたび前を向いて階段を降りはじめる。
生徒会長にとって、わたしは入学してきたばかりの一年生で、顔さえ覚えられていない大勢の中のひとりに違いない。
そんな初対面同然の人間に向かって、なんて失礼な!
さすがに抗議をしようと、わたしは身体中に怒りをみなぎらせながら階段を駆け降りる。
すると、踊り場まで降りた生徒会長はわたしのほうへ振り返ると、先ほどの蔑むような笑みを浮かべたまま、あっさりと口にした。
「そうだった。きみが呼ばれた理由は家でも御両親のことでもなく、きみ自身に関してだ」
その瞬間、わたしは傍から見てもわかるくらいに、顔から血の気が引いた。