どうやら歓迎されていないようです・6

文字数 2,046文字

 これから、どんな実技試験があるのかわからないけれど。
 なぜなのか、どうにかして留城也先輩には、わたしが真面目に取り組む姿を見せていきたいと思った。
 留城也先輩とは、まずは話ができるまでの人間関係を築くこと。
 きっとそれが第一歩だ。
 そのためには、生半可な気持ちで試験に挑んじゃいけない。

 なんて思いながら、その場でぼんやりと立ちつくしていたら。
 後ろから肩へ、思いきり人がぶつかった。
 よろめいたところを、するりと腰に腕が回されて支えられる。

「ごめんごめん。大丈夫だった?」

 爽やかで心地良い声が、耳のそばで響いた。
 慌てて顔をあげると、とても近いところに、声から想像通りの見目良い男子が顔をのぞきこんでいる。
 声にならない悲鳴をあげたわたしをつかまえたまま、楽しそうな笑顔を向けてきた。

「きみ、グリーンの校章の一年生なんだ? なに、二年になにか用? 見るからに初々しいねぇ。なんて名前?」

 そう言った彼の腕から、わたしはどうにか抜けだした。
 お礼の言葉を言うべきところかもしれない。
 倒れそうになるところを助けてもらったのかもしれないけれど、よく考えたら、先にぶつかってきたのは彼のほうだ。

 警戒心いっぱいの目を向けたわたしへ、彼は面白そうな表情を浮かべてささやいてきた。

「いま、電波くんとなにか話をしていなかった? あ、きみは一年生で知らないかもしれないけれど、彼は変わり者だから近づかないほうがいいよ。彼氏募集なら、オレとデートしない? きみ可愛いもんね」

 そこまで言ったあと、まるでキメ顔のように、わたしへ笑顔を向けた。
 その微笑みに、わたしはうっかり見惚れるように目を見開いてしまう。

 心を見透かすような意思を持った強い瞳はチョコレート色で、自信に満ちた口もとはゆるやかに弧を描く。
 いかにも女の子にモテそうな恰好良い顔立ちをしているため、たぶん、わたしから断りの言葉が出るなんて、思いもよらないって表情なのだろう。

 たしかに一瞬、恰好良さに目を奪われた。
 でも、恰好良ければ誰でもいいってわけじゃない。
 ましてや出会ったばかりで、どんな性格なのかがわからない。
 ただ、間違いなく、女の子に対しては軽そうだ。

 わたしは、頬が紅潮するのを押さえられないまま、それでもはっきりと口にした。

「いまはまだ彼氏の募集をしていませんので、けっこうです!」

 思いもよらない言葉を聞いたと言わんばかりに、彼は驚いた表情を浮かべる。
 けれど、すぐに笑顔になった。

「いいねぇ、その強気な態度。落としがいがあるって気にさせるなぁ」

 へこむ顔をするかと思ったら、意外と神経が図太そうだ。
 もう少し強気で断りの言葉を言おうと、わたしが口を開きかけたとき。
 素早く耳もとへ顔を寄せ、ゆっくりと焦らすようにささやいた。

「――電波くんのこと、知りたい? きみ、なんだか思いつめた顔をしていたじゃないか。彼の個人情報を流してあげるよ。いまはもう時間がないから、放課後に図書室へおいでよ」
「え? 放課後って……」

 実技試験が入っている放課後は、学校側から全校生徒へすみやかな帰宅命令が出ている。
 聞き返したわたしの言葉に、彼は、そのことを思いだしたように、あっというような表情を見せた。
 けれど、すぐに口もとへ微笑みを浮かべる。

「より好都合じゃない? 他人に話を聞かれなくてさ。それじゃあ待っているから」
「わたしは行くなんて言ってません!」

 すぐに、そう返事をしたけれど。
 彼は、自信たっぷりの表情ではっきりと言い切った。

「きみは来るよ。だって、彼のことを知りたいんだろう?」

 ――なぜ、そう言い切れるんだろう。
 絶対に行く気はないために、わたしは、振り返って手を振る彼へ向かって舌をだしてやった。


「こら! 上級生のいる階で、なに馬鹿なことをしているんだ?」

 後ろから頭を小突かれた。
 顔をしかめて両手で頭を押さえながら振り向くと、呆れた表情を浮かべた凪先輩が、右手を握りしめて立っていた。

「朝に、うっかりきみへ留城也のクラスを教えてしまったから、まさかと思って確認しにきたんだ。もしや、彼のところへ行っていないだろうな?」

 そのまさかです、なんてことが言えないわたしは、曖昧な笑顔を向けてごまかそうとした。
 けれど、見透かされたように思いっきり睨まれる。
 そのうえ、新たに釘を刺された。

「きみは、目を離すとなにをしでかすかわかったものではないな。今日も放課後は、まっすぐに生徒会室へ来い。今週はぼくの監視下にいてもらう」

 そう告げると、さっさと三年の教室が並ぶ下の階へと、階段をおりていく。

 なによ、その態度。
 なんでも言うことを聞くと思ったら、大間違いよ。

 凪先輩への反発心を理由に、わたしはもう、放課後は図書室へ行く気になっていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み