第3話

文字数 801文字

 誠司は一日の大半をリビングで過ごすようになった。夜もリビングのソファで寝るので、それがたえずちらついていた。誠司は午前二時にいきなりソファから身を起こすと、明かりもつけずにカレンダーの横の千羽鶴をとりはずし、キッチンのごみ箱に捨てた。それは二つもあった。どうして千羽鶴だけがここに残されていたのか。自分も妻もお守りひとつ買ったことはない。娘がもらってきたものだ。娘の知人は、年や職業が多岐に渡りすぎてとらえどころがなく、性別もさまざまで、五人か、十人か、どの程度の規模でいるのかさえ未知数だった。それはますます広がり見せて、いまや町の人々といってもよかった。
 娘はどういうわけでか――こういう言い方を娘もいい年なんだからやめなさいとよく妻から窘められたものだが、誠司の思いはやはり現在もかわらなかった。家族旅行ではじめてスキー板をつけたくらいでおっかなびっくりだった娘が、どういうわけでか仕事帰りに赤提灯で一杯ひっかけるようになり、すでに一人で暮らし、家賃を払えていたにもかかわらず、今の夫の賃貸に転がりこんだ挙句の結婚だった。親の相談なしにSEの仕事をなげうって二年が経過していた。ついに観念した妻が、よくやったじゃないと言ったのは、娘の年を考えてのことだったから、誠司も同意するしかなかった。相手はバーのオーナー兼従業員の男だった。娘は出産の二ヵ月前まで共にカウンターの中に立っていた。
 娘が転がりこんで一週間にもなってくると、まだ自分に電話があるかもしれないと思いながらも、家にいて、スマートフォンを肌身離さず持つのをやめた。自分の店で寝泊りしているような男が、どこへ逃げるというのか? 直談判をする気があればいつでもできるのだった。それにくわえて、娘がやはりちらちらと気にしているので、時代小説を流し読みしつつ、将棋の対局をライブで見ることもしなくなった。スマートフォンは新聞の下敷きだった。
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