第22話
文字数 1,244文字
冷蔵庫にあるものを適当にフライパンにのせているとき、ふと絵美が二日酔いであることに気づき、むしゃくしゃしながら寝室のシーツを替え、掃除機をかけた。二日酔いならぬ、三日酔いだ。体調が悪いからこそ帰るものだ。親を頼るものだ。そうじゃないのか。
やはりソファで夜を明かした翌朝の十時前に、インターフォンが鳴った。
「一人でバーにいったんだってね」
「誰も責任をとらないぞ」
絵美が一瞬動きを止めた。
誠司はリビングに入り、テレビに録画した番組をさがした。滅多に何かをせがんだりしないかえでが、能面のような顔つきで画面に見入った。
誠司は追い立てるようにご飯の支度をさせながら、バーで会った連中からうけた感想をありのままに話した。あのトラブルによる店の被害は小さく、客足が落ちる可能性も少ないように思えた。「こんなことはもう聞いたか? 本当はあれから一人も電話してこないんだろ?」――絵美は何も答えなかった。
命に別状はないという意味で、井坂の怪我の程度も、たかが知れていた。井坂は今日もカウンターに立つにちがいなかった。
「どいつもこいつもあそこまですると思わなかったって言ったよ。男も女もみんな」
「あたしがしたことだからね」
「勝手な言い分だな」
一人一人の特徴をつたえて名前を聞き出していると、それ以外の人間も含めて、二三十人はいることがわかった。絵美に聞くまでは、それでも誰かが止めてくれたのだと考えていた。だが、事実はまったくちがっていた。
普段は良識があるとされている者たちが、最後の仕上げに誠司をお膳立てしたのだった。事前に関わっていたやつは、みんな同罪だった。どいつもこいつもクズ以下の最低な人間だった。――ああ、と誠司は嘆いた。娘から電話を没収しておくんだった! のせられているのは知ってた? それがわかっていてあんなに酔い潰れた?
「そんなこと言ってられないときがあるじゃない」
「お前がしたことは犯罪だぞ」
誠司はそう言って、くるべき反撃にそなえた。鋼鉄のような鉄拳なり、骨まで断ち切る鉤爪なりを覚悟したが、絵美はくすんだ目で見返しただけだった。
「かえでを手放したいのか」
「そんなことにはならないから」
「なるんだ! そのときは親の希望なんか誰も聞かなくなるんだ。目の前でかえでがつれていかれるのを見たいのか」
客の中には井坂を心配している者もいた。誠司はそれを非難したが、向こうだって引き下がらなかった。控え目にかばいながらも、自分に酔いしれ、軽々しく謝る者までいた。誠司はいつの間にか、彼らの前に、やっかいな壁として立ちはだかっていた。
誠司は素早くキッチンへいき、離乳食らしき固形物が器に出してあるのを見つけ、電子レンジにセットした。かえでがテレビをつけたままいなくなっていた。
「また出ていくのか」
「大きな声を出さないで。頭がいたいの」
「この酔っ払いめ!」
どうせ弱音を吐いて帰ってくる。いつまでもつか知らないが――、そう思っていた。
その夜、誠司は生まれてはじめて孤独を感じた。
やはりソファで夜を明かした翌朝の十時前に、インターフォンが鳴った。
「一人でバーにいったんだってね」
「誰も責任をとらないぞ」
絵美が一瞬動きを止めた。
誠司はリビングに入り、テレビに録画した番組をさがした。滅多に何かをせがんだりしないかえでが、能面のような顔つきで画面に見入った。
誠司は追い立てるようにご飯の支度をさせながら、バーで会った連中からうけた感想をありのままに話した。あのトラブルによる店の被害は小さく、客足が落ちる可能性も少ないように思えた。「こんなことはもう聞いたか? 本当はあれから一人も電話してこないんだろ?」――絵美は何も答えなかった。
命に別状はないという意味で、井坂の怪我の程度も、たかが知れていた。井坂は今日もカウンターに立つにちがいなかった。
「どいつもこいつもあそこまですると思わなかったって言ったよ。男も女もみんな」
「あたしがしたことだからね」
「勝手な言い分だな」
一人一人の特徴をつたえて名前を聞き出していると、それ以外の人間も含めて、二三十人はいることがわかった。絵美に聞くまでは、それでも誰かが止めてくれたのだと考えていた。だが、事実はまったくちがっていた。
普段は良識があるとされている者たちが、最後の仕上げに誠司をお膳立てしたのだった。事前に関わっていたやつは、みんな同罪だった。どいつもこいつもクズ以下の最低な人間だった。――ああ、と誠司は嘆いた。娘から電話を没収しておくんだった! のせられているのは知ってた? それがわかっていてあんなに酔い潰れた?
「そんなこと言ってられないときがあるじゃない」
「お前がしたことは犯罪だぞ」
誠司はそう言って、くるべき反撃にそなえた。鋼鉄のような鉄拳なり、骨まで断ち切る鉤爪なりを覚悟したが、絵美はくすんだ目で見返しただけだった。
「かえでを手放したいのか」
「そんなことにはならないから」
「なるんだ! そのときは親の希望なんか誰も聞かなくなるんだ。目の前でかえでがつれていかれるのを見たいのか」
客の中には井坂を心配している者もいた。誠司はそれを非難したが、向こうだって引き下がらなかった。控え目にかばいながらも、自分に酔いしれ、軽々しく謝る者までいた。誠司はいつの間にか、彼らの前に、やっかいな壁として立ちはだかっていた。
誠司は素早くキッチンへいき、離乳食らしき固形物が器に出してあるのを見つけ、電子レンジにセットした。かえでがテレビをつけたままいなくなっていた。
「また出ていくのか」
「大きな声を出さないで。頭がいたいの」
「この酔っ払いめ!」
どうせ弱音を吐いて帰ってくる。いつまでもつか知らないが――、そう思っていた。
その夜、誠司は生まれてはじめて孤独を感じた。