第28話

文字数 837文字

「朝だろうと夜だろうと断れないらしくて。それもかえでをつれて」
「何度か付き合うのをやめろと言ってみたが、あれはいわゆる悪い友達なんだな」誠司はしゃべりながら小刻みに頷いた。「もう諦めたよ。十代でもないのに。しかし、ちょうどそんな友達が必要だったんだろ」
「すみません」
「謝ってばかりだな。それもそうか」
 それでも井坂はやめなかった。考えてみれば、きちんとしたかたちで謝罪を受けるのは、このときがはじめてだった。
「結局お父さんしか頼る相手がいないんです。それをおれは」
「絵美にはもう私しかいないからな」
「すみません」
 こちらが受けた被害を数え出したらきりがないのだろうが、それにしても妻のことは関係ない。――そこを〝関係ある〟と言い張りたいのか? 自分が泥を塗りたくったといわんばかりに? 「――すみません」
 誠司は切っ先をなぞるような目つきになった。目の前にある顎の線。誰だって軽くノックアウトされる急所だ。髭はきれいに剃っている。たしかにやるもやらないも自分次第にちがいない。こんな妙な気分になるのは娘の影響だろうか? そこに私まで追随するのか?
「平身低頭か。それもいいが、毎日そんな気持ちでいると逃げ出したくならないか」
 毎日暗い顔をして自責の念にかられていたのは、むしろ自分のほうだったから、不思議な思いに打たれた。
 誠司は話を戻した。思わず、はははと声に出して笑った。自分の発言がまったくその通りに思えてきた。たしかにあずみは十代の幼い子供にちがいない。それがあんな車を乗り回しているのだから、金を与える親がどうかしている。家賃だってどうなんだか。絵美がどんなふうに考えているか知らないが、親が体よく遠ざけているのかもしれない。それなら納得できるのだ。
「きみの力で引き離してくれ。簡単ではないだろうがな。なにしろ気が強い。完全に人を馬鹿にしてる」
 それに加えて、あの強烈なまでの敵意。小柄で非力な女性なのに、あそこまで思い上がりの強い性格を、誠司はほかに知らなかった。
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