第41話

文字数 923文字

 無職の女性には贅沢すぎるワンルームマンションにあずみが住んでいると知ったときの誠司は、何もかもを親のせいにして、過度に暗い気分にひたった。ただしそうしていられるのも朝のうちだけだった。絵美と井坂は話し合ってそのマンションへいってみたが、誰も出なかったし、SUVもなかった。それから何時間も二人で話し合い、絵美が一人で誠司のところに帰ってきた。いつも定休日には昼過ぎに起きてくる井坂も、今日にかぎっては日が暮れるまで、あるいはもっと寝かせてやらなければいけなかった。
「手紙?」と誠司は言った。
「電話をくださいって書いただけだよ」
 まったくどうでもいいことだった。それよりかえでが目を覚ますのが心配だった。「はやく着替えて寝なさい。朝から疲れてたんじゃどうしようもない」
 しかし、すぐにキッチンで油がじゅうじゅうと音を立てはじめた。誠司の朝ご飯ができたころ、ちょうどかえでが目を覚ました。絵美はそんなことまでわかっていたみたいに、かえでのご飯にとりかかった。「お父さんはかえでといっしょにアニメでも見ててよ」
誠司はむっとしながらも、その日のうちに三度の散歩に出かけた。月曜日は保育園がなく、かえでのご機嫌とりに明け暮れた。
 翌朝、誠司は真っ暗な寝室で絵美を揺さぶった。
「――え? もうそんな時間?」
「一人でいこうか。ここで見送ってやるだけでいいんだぞ」
「大丈夫。お父さんのほうこそ休んでよ」
 誠司はアイドリングを止めた。
 絵美が車を降りて数分で、小走りにかけてくる足音が聞こえた。絵美は車に乗ると、下ろしたての小さな肌着をかばんに入れた。「まだ寝てるみたいだから起こさなかった」
「自分で電話してくるだろ」
 井坂が誠司と話をしたいと言っていたのだ。おそらく、また今夜からはじまる営業時間中の心配事と、頼みごとを、ごまんと並べ立てるにきまっていた。朝っぱらから頭が混乱して、とてもじゃないが井坂と話ができる気分ではなかった。それには少なくとも、まだ二三時間は必要だった。あの女がのこのこと帰ってくるはずがない。それをわかっていてまたいくつもりなのだ。あたかも恋する男のように。毎日かえでといるのがどちらか、いつかはっきりさせてやらなければなるまい。
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