第24話

文字数 924文字

 絵美は朝八時の電話に出なかったが、目を覚ましただろうと思い、何度もかけて無駄な時間を過ごしたりはしなかった。誠司はハーフパンツとシャツのいでたちで拭き掃除をし、絵美たちが暮らしていたマンションにいく準備をした。九時に〝かぎをあずかった〟とSNSに発信すると、すぐに電話が鳴った。
「何しにいくの」と絵美が苛立ちをあらわにして言った。
「ガスを止めてこなければいけないだろ。一緒にくるか」
 かえでを見るとたちまち緊張の糸が切れた。誠司は相好を崩して抱き上げた。突然自分の傍から消えたのだ。もしかしたらと心配して当然じゃないか。とはいえ、絵美がいる手前、あまりかえでにかまってもいられない。自分がしようとしていることはわかっていた。これから選択を迫るのだ。このマンションで暮らすか。自宅に帰るか。夫婦の縁をつづけるか。つづけないかを。
 誠司は、絵美がりんごジュースを飲ませているのを見ながら、やはり一番には、かえでの無事を案じていたためだと気がついた。
「あんなことをしたあとだ。誰も泊めてくれなかっただろ」
 いつものように絵美は明確に答えなかった。誠司は、あの女のところではないな、ホテルにいたんだなと想像し、その通りに言った。絵美はすんなりと認めた。
「疲れたからちょっと離れたいって。あずみさんに甘えすぎたみたい」
「飽きたんだろ」つい口を滑らせた。「しかし、そうなると、やつも三日坊主ではなかったわけか」と誠司はすぐにフォローした。苦し紛れに笑ったものの、絵美の気持ちはさっぱりつかめなかった。たった一人を味方につけ、ほかのすべてを敵に回すのが、あの手の人間の度し難い生き方だ。それでも誠司は、絵美のために、あずみにたいする嫌悪を隠した。
「あちこち転々としてたら楽しいことばかりでもないだろ」
「それはね」
「あの夜は何も話さなかったんだってな。殴られて当然だって言うくらいだから、すべて従う覚悟でいるんだろ。井坂くんに親権を争う考えはないよ。それで、今の気持ちはどうなんだ?」
「あたしのほうが聞きたいよ」
「あっちは店を維持するために働きづめの毎日だ。みんな感心してる。それだって口先だけかもしらんがな」
「どう思った? あいつのこと」
「償いはするものだろ」
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