第25話

文字数 699文字

 食事と昼寝をして、三人でゆったりと時間を過ごしたあと、絵美の車に乗り込んだ。
 高速道路の傍の、ビルが立ち並ぶ住宅地だった。日差しが十分に傾きはじめ、すっぽりと影に覆われた一帯に、絵美たちが住んでいるマンションはあった。
「それ返して」
 誠司が井坂から預かった鍵は、すぐに絵美のトートバッグにしまいこまれた。そのかばんにも汚れが目立ちはじめていた。
 誠司は、水族館の魚が泳いでいる暖簾をかき分け、六畳ほどのリビングを見回した。死闘が繰り広げられた形跡がないことと、よく整理されていることに胸を撫で下ろすと、奥へいって掃き出し窓を開けた。絵美も入ってきたが、何から手をつけていいかわからない様子だった。
「自分たちの服をもっともっていかないとな」
「お茶いれようか」
 冷蔵庫の中はほとんど空っぽだった。水回りもきれいに片づいていた。
「生ごみもあったはずだけど、ないね」と絵美が言った。
「どうする。まだ気がすまないか」誠司はやさしい口調で言いながら強引につれてきた自分を責めていた。「向こうはここでまた一緒に暮らしたいそうだ」
「それはお父さんの考え?」
「いいや。はっきりそう言った。離婚届についても二人で話し合ってみないと、それからだと言ってたな」
 かえでは無表情だった。しかし、失われた時間をとり戻すように、住み慣れた空間をじっと見ている。突然消えたものが、突然もう一度あらわれたのだ。オンとオフのように簡単には存在が消滅しない。そのことを学んでいるのだろうか? とにかくここへきてからのかえでの反応には目を見張るものがある。許してくれよ、と誠司は思った。こればかりはどうにならない。人の感情というのは――
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