p83

文字数 1,111文字

どこから出ているのだろうと引っ張ってみたが、手ごたえが無い。
 引っ張ったら、引っ張っただけ伸びる。

「ソロ」

 名を呼ばれて、体が硬直した。
 さっきの美声はどこへやら、苦い記憶が呼び起こされる厳しい声だ。
 恐ろしくて振り向けない。

「大人しく俺に捕まれ。悪いようにはしない」

「ウソつけ」

 サビを歌わない奴は、たいてい悪いように物事を運ぶ。

「林田の居所が分かった」

「昨日の今日でわかるかよ」

「わかった。力づくで連れて行く」

 コイツは何もわかっていない。
 絶対に行ってはいけない、と体中の菌類たちが警告を発している。

 シューベルトの軍隊行進曲が、勝手に脳内で流れる。もはやトラウマとしてバンクとセットで刻み込まれている。

「日常生活の些細なことを力で解決するんじゃねーよ、大人のくせに」

「生意気だぜ、クソ坊ちゃん」

 (しゃく)に障るが、これ以上言葉が出ないし、体も動かない。

 よく考えれば、BM菌は捕食者のRM菌をもとに開発されたのだ。

 天敵を含んだ生物から殺意を向けられれば、きのこは動けなくなるに決まっている。

 そんなこと、少し考えればわかるはずなのに。恐怖で気絶してしまいそうだ。

「ソロ、もう一発雷が来るよ」

 突如、たぬキノコから話しかけられた。

「僕とキャピタルをその(つる)で絡め取って」

「そんなことできるわけ」

 ソロの目の前で揺れる(つる)は、たぬキノコとキャピタルに伸びていくと、二人の体に巻き付いた。

「そうそう、その調子だよ。僕らは全然痛くないから、心配しないでね」

「いやだぁなんだこの触手(しょくしゅ)うっわ気持ち悪ぅ」

 冷静なたぬキノコと違い、キャピタルは大慌てである。鑑賞的な気持ち悪さは好きでも、体験型の気持ち悪さに耐性はないようだ。

「やだぁ気持ち悪い! 兄ちゃん助けてぇ! 」

 奴は無視、いや、絶交しても良いかもしれない。

「リトル・マッスル、この件が片付いたら向こうの家族に俺を紹介しろよ」

「だから、外でその呼び方すんな! おれには他にも女が」

「リトル・マッスル、彼女というものがありながら、大人の電話サービスを利用するなんてどういうことだ。 兄ちゃんはリトル・マッスルをそんな不誠実な人間に育てた覚えはないぞ」

「ぅ、ぅおまえええっ!それ今言うことじゃないだろっ。そもそも、アレはおれのお袋がどこかにいるんじゃないかと探すために始めたわけで」

 それを聞いて、ソロは罪悪感に揺れた。
 キャピタルから直接聞いたことは無いが、母親が行方不明なのだろうか。

 (わら)にもすがる思いで、大人の電話サービスを利用したのだとしたら、それは母親恋しさからの行動だ。

 誤解して悪かった、後で話がイヤフォン越しに筒抜けだったと正直に言って、ちゃんと謝ろうとソロは思った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み