p125 許されざる者

文字数 1,040文字

 懐かしい声がして、ソロは駆け出した。林田が、腕を広げて待っていた。
 
 その腕にソロは飛び込んだ。

「大きくなったな、松本」

「なに呑気なこと言ってんだ。オレ、お前の名前も顔も思い出せなくて」

 顔を上げると、懐かしい林田の顔があった。

 捕食者だけど、同心円じゃない、穏やかな黒い瞳。

 林田の腕がソロを離さないように、しっかりと受け止めている。

「林田は、オレのこと好きなんだよな」

「自惚れんな」

「バカヤロー、めちゃくちゃ会いたかったんだからなっ」

 林田の腕に宝物のように抱かれて、ソロは泣いてしまった。

「もう忘れたくない。どこにも行かないで」

「ごめんな、松本。バレると追い出されると思ったから、忘れて欲しかったんだ」

 林田に両手で頬を包まれて、ソロは顔を上げた。  

「でも、忘れてくれなかったね」

 林田の目から涙がこぼれていた。いつもそうしていたように、ソロは林田の涙を指で拭った。

「マニキュア、ガビガビじゃん。塗り直さないと、また爪が割れるぞ。痛いのキライだろ」

「林田が塗ってよ。オレ、うまく塗れないんだから」

「そうだな。いつもそうしてたもんな」

 林田の涙が、ソロの頬に落ちた。

「林田は相変わらず泣くのが好きだな。もっと泣きまくって、涙なんか枯らしとけよ。オレみたいにさ」

「悪かったな。泣くのが趣味で」

 林田の唇が、ソロの後頭部に触れた。
 ソロは子供のように林田の肩に顎を乗せて一息ついた。
 首筋から懐かしい匂いがする。

「オレ、林田が好き。ずっとこうして・・・・・・」

「でも」

「でも? 」

「松本はたぬキノコと柴田のねーちゃんとガラテアと校長も好きなんだよな」
 
 穏やかに流れていた周囲の空気が一変し、『怒りの日』のイントロが怒涛の勢いでソロの全身を駆け巡った。



「なんならバンクとアベイユとバンビーナとザッパトーキョーと白山羊とブルーセルの奥さんと神木銀杏と森の愉快な仲間たちのこともイイな、って思ってただろ」

 バスドラムの裏拍子が心臓の鼓動とリンクし、体内の全菌類が『逃げろ』と叫んでいる。

 だが、体はがっちりと林田の両腕でロックされており、逃げようにも逃げられない。背中に跡が残りそうなほど力強くロックされている。

 林田はもう泣いてなどいなかった。

 未だかつてないほどの至近距離で見た林田の顔は、明らかにお(かんむり)であった。

 黒い穏やかな瞳は、いつのまにやら緑の同心円の瞳に変化しており、怒りMAXでソロを見据えている。

「でも許してやる」

 許されてソロはホッとした。全身の菌類も安堵する。
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