p51 捕食者と細胞核を交換したらどうなるのだろう

文字数 1,423文字

「さっきの選曲から、ずいぶんジャンルが離れたな」
「中のデータが一周したんだ。次は『レズギンカ』だ」

 ソロの自宅近くの親水緑道に入り、土と木々の根で盛り上がったアスファルトを進む。さっきはとても恐ろしかったのに、今はこの捕食者と一緒だから、ちっとも怖くない。

「良い土壌だ」

「菌がたくさんいるから」

「大昔の菌類の餌食(えじき)になった死骸(しがい)もけっこう残っているな」

「致死率が高い胞子が死体の内部に残っているから、迂闊(うかつ)に触れないんだ。兄ちゃんも気を付けろよ」

 雷の光に照らされて、枝のように木から生えているガワが映った。

 何体も、大小さまざまなガワが生えている。

 倒木や雑草で隠れて見えないが、地面にもなかなかの数が潜んでいる。
 
 明るい時間帯にこの親水緑道を使う者たちは、先人たちが歩いて作った道を進んで難を逃れている。

 そうすれば、うっかり胞子が詰まったガワを踏んだりしないで済むからだ。
 
 暗くなっても親水緑道をアクティブに動き回るソロも、例に漏れずそうしている。

 夜道は特に気を付けて進む。

 先ほど、うたた寝をしてしまった(うろ)のある桜の前で、ソロは足を止めた。さっき死ぬほどビビらされたガワがいる。

「何がどうして、こんなふうになろう、って大昔の菌類は思ったんだろう・・・・・・」

「寂しかったのさ」

「は? 」

「仲間がたくさん欲しかったんだ」

「でも、オレらって生まれて死ぬまで自己完結で済む生物だろ。仲間なんていなくても平気じゃ」

「いなくて平気でも、何かを分かち合いたい気持ちになることはある」

 その気持ちに、思い当たらないことが無いわけでもない。
 捕食者にもそういう感情があることを、ソロは意外に思った。

「早く仲間を増やして、苦楽を分かち合いたかったんだろう」

「兄ちゃんは身内には優しいんだな」

「当然だ」

「殺傷能力が高くちゃ増殖できないだろうに。菌を寄生させてある程度遠くへ歩かせてから胞子をまけば効率よく増やせたのに、なんでここで即死させた? 」

 ソロの話の途中で、捕食者は先ほどソロが死ぬほどビビらされたガワに手を伸ばした。

「連れて行く」

「オレの話聞け」

 ソロを無視して、捕食者はガワを抱擁(ほうよう)し、その唇に自分の唇を重ねた。

「何やってんだ! 胞子が飛び散るってさっき言ったのに、死ぬぞ! 」

 口ではそう言いつつ、人生で初めて目の当たりにする他人様のキスにソロは目が釘付けになった。

 よりによって捕食者とガワという凄まじい絵面の接吻(せっぷん)に度肝を抜かれて、足がすくんでしまって逃げようにも逃げられない。


 逃げたところで、もう遅いのだが。


 祈るように目を閉じる捕食者の横顔は、教会のステンドグラスのように神々しい。



 ガワに『場所を代わって欲しい』と思った時点で、ソロはこの捕食者を好きなってしまったことに気が付いた。ぜひ細胞核を交換して二核菌糸になりたい。捕食者と細胞核を交換したらどうなるのだろう。新生物に進化できるかも。


 曲が一押しの『レズギンカ』に変わって、勝手に気持ちが弾んでしまう。

 音楽と豪雨と雷の音に混じって、なにやらミシミシと揺れる音が聞こえた気がする。しかし、暗くてよくわからない。

「・・・・・・おやすみ・・・・・・」

 捕食者がガワに何か呟いたが、『レズギンカ』と雷の音でよく聞き取ることができなかった。

 抱擁していたガワは黒い影のように(しぼ)んでいって、捕食者の腕からするりと抜けた。周囲に胞子が飛散した様子はなく、ソロも捕食者も無事だった。

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