p121 林田、見つかる

文字数 1,064文字

どうせあの世だ。林田のことは一旦置いといて、ソロは己の欲望に直球で従うことにした。

「俺は花だ。相手を選びなさい」

 ガラテアに、やんわりと断られてソロはがっかりした。

「なんでだめなの? 」

 でも食い下がった。

「俺はお前に会いに来たんじゃない。リョウを迎えにきたんだ」

「ろョウ? 」

「リョウ、出ておいで」

 ガラテアは、ソロに向かって呼びかけた。

「オレはソロなんだけど」

「ダメだ、お前の見境の無い発言でショックを受けている」

「え? なに? 結局いいの? ダメなの? 」

 この期に及んでまだ食い下がる。

「ああ・・・・・・リョウ・・・・・・」

 花の姿なのにガラテアから心底困った感じが伝わってくる。
 
 ガラテアは人間を食料としてしか見ていないが、感情表現が人間以上に豊かな気がする。

その時、扉からノックの音が聞こえた。

「入ってます」

 ガラテアは楽器のような低い美声で、勢いよく返事した。
 すると、ノックは止んだ。

「誰なん? こんなとこに」

「お客様だ。リョウ、ソロから出てこないと丸ごと食い殺すぞ」

 可憐な花の分際で物騒なことを言う。
 地面から引っこ抜いてやろうとソロは手を伸ばした。

「リョウ。出てこないなら、俺もこのまま食われる」

「それはダメ」
 
 懐かしい声が聞こえた。ずっと聞きたかった声が、自分の口から聞こえた。
 女にしては低すぎて、男にしては高すぎる声。

 ソロの目線が高くなる。
 手足が伸びた分だけ体が重くなる。
 林田越しに見ていた夢の世界に再び引き込まれる。

「探したよ、リョウ」

 ガラテアは背筋を伸ばし、精一杯ソロを見上げた。

 心の底から待ち望んでいた存在に、やっと出会えたような健気さだった。

「リョウ、もう出ておいで。迎えにきたよ」

 ガラテアが自分のことをリョウと呼ぶ。それを、他人事のように覗いている自分がいる。

「そっちには行けない」

 自分の口から、自分では無い声が漏れる。

 ソロは自分が今、林田になっているのだと悟った。

「もう思い知っただろう。人類の天敵なのだから、仲間に入れてもらえないのは仕方のない現象なんだ。嫌われていたんじゃない、恐れられていたんだ。あの冷たい仕打ちは、防衛本能から来る行動だ。天敵の世界に残るのなんてやめて、一緒に帰ろう」

「僕・・・・・・、ちゅん、ちゅん、ちゅん、て、きり、言えない・・・・・・」

 視界の端が歪む。涙だ。涙のせいで、ガラテアの姿が歪む。
 視界に映る花のガラテアが、涙の海で溺れているように見える。

「リョウは俺たちと同じ鳴き声の仲間だよ。俺たちの巣で、心ゆくまで羽根を休ませればいい」
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