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文字数 951文字

誰かと自分を比べるのは辛いとわかっているのに、やめられない。

 そのうえ拒絶されると、自分の価値が損なわれたような感じがする。

 そんな時に消えたくなる気持ちを、ソロだって知らないわけではない。

「別の部屋にも行くのか? 」

「なんでおれの進路力士確定なんだよ。行くわけないだろ。あんなおっかない世界」

「怖いんか」

「世の中がこんなに菌類で溢れて結構経ってんのに、今も古いしきたりや習慣に従って生活してるなんて、伝説とかファンタジーみたいな存在じゃん」

「カッコイイじゃねぇか」

「おれは自分でどうにもならないものが怖い」

「そんなもん誰だって怖いわ。戦争、災害、捕食者、新種の生物、世の中どうにもならないことだらけだろ」

「でも乗り越えてナンボだろ、そういうのって」

「怖いもんなんて怖いまんまでいいだろ。どうにもできないんだから」



 この世は怖いものだらけだ。

 いちいち乗り越えようとあがいていたら息切れしてしまう。

 身に振る火の粉を払うのだって結構な労力を要するのだ。

 そんなことにまで気を使っていたら身が持たない。



「キャピタル、オレ、上手く言えないけどさ」

「なんだよ急に」

「お前って挨拶できるし敬語は使えるし、ケンカ強えーのになるべく争わないように気を付けてるし」

「別に、気を付けてなんかねーし。誰かがケンカ売ってきたら買い逃す気ねーし」

「最後まで聞けし。相撲部屋の入門断わられたからって、お前の価値が損なわれたわけじゃねーし」


 世の中はどうにもならないことだらけである。

 きのこではないキャピタルは、これからも人間のルールの中で人間のルールに従って生きて行かなくてはならない。

 腕力以上に不安を抱える力が必要で、異なる価値観を受け入れる寛容さを周囲から要求される。

 大人になれば、自分でどうにもならないものが怖いなどと言ってはいられなくなる。

 けれど、ソロはキャピタルに知っておいてほしいことがある。

「オレ、お前が良い奴だって知ってるぜ。だから、お前も気付けよ。自分が良いヤツだって」

 たぬキノコなら、もっとうまい励まし方をするのだろうが、ソロにはこれが限界だ。

 少なくとも、自分にケンカを売って来る有象無象より、圧倒的にキャピタルは良い奴だとソロは信じている。

「オレはバカだから、うまく言えねーけど。元気出せよ」
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