p30 ツル太郎

文字数 1,407文字

 さっきのような仕打ちを自分もされることを差し引いても、悪い条件ではない気がした。

 いや、やっぱり差し引いたとしても悪い。でも、

「・・・・・・考えとく。ゲロついたシャツくせぇな。どうする? サボるか? 」

「兄ちゃんが引き上げるまで大人しくしとこうぜ」

半裸(はんら)で? 」
「おう、望むところよ」

 ふと、時計を見上げると、たいして時間が過ぎていない。

「ちぇっ。体育始まるまで寝とこうぜ。そろそろ他のやつらも戻ってくるだろ」

「おれは腹減ったから、兄ちゃんが引き揚げ次第、売店行くわ」

「そういえばお前! さっき自分の弁当オレが食ったことにしたろ! なんでテメーとお(そろ)の弁当箱をオレが持ってるんだよ! 何もかもおかしいだろ! 」

「オメーは、おれが兄ちゃんに怒られてもイイって思ってんのか」

「モップの(かど)で全力で殴りつけたテメーが無傷(むきず)で、なんもしてねーオレがボコされてんのおかしいだろっ」

「おれのどこが無傷(むきず)なんだよ! ええ? おれが無傷(むきず)で済んでると思ってるのか? ええ?」

 キャピタルが急に手足をバタつかせながら反復横跳びを始めてしまった。

 さっきのがすっかりトラウマになってしまったようだ。

「落ち着け、悪かった。オレが悪かった」

ソロはキャピタルのハーフパンツを掴んで、なんとか動きを(せい)した。

「オレはイヤフォンで音楽聞いてたから、さっき何があったのか全然知らないんだ」

「ホント? 」

「ホントダヨ、ウソジャナイヨ」

 本当は全て知っているけど、ソロはドブボイスで(せい)いっぱいの優しいウソをついた。

「なんだ、良かった」

 キャピタルは安堵(あんど)したのか、落ち着きを取り戻した。

 ソロはいつもキャピタルのことを『家族と暮らせて羨ましい』と思っていたが、悪気は無いけど話も通じない奴が身内にいて、コイツも大変なのだと知った。

「ソロ。言っとくけど、初対面の人の帽子に、いきなり噛みつくの良くないぜ」

「捕食者が戻って来たと思ったんだよ。あの帽子、紛らわしい色しやがって。民間人がビビるから軍帽は全部赤白帽子に変えた方がいいと思う」

「兄ちゃんの方がヤバかったけど、(つる)の奴もおっかなかったな。おれマジで死ぬかと思ったもん。どうする? あいつのことなんて名付ける? 」

「名付け? 」

「おれらが第一遭遇者(だいいちそうぐうしゃ)なんだから、命名権(めいめいけん)あるだろ」

 キャピタルは体を鍛えて弁当ばかり食っているかと思いきや、こういうことには良く気が付く。

 ハートが瀕死(ひんし)の状態でも、こういうことに気が回るのは、現代の人間特有のタフさを持っているからかもしれない。

「そっか、(つる)の捕食者ってイチイチ言いにくいもんな」

「そうだぜ、どうせ軍や警察から聴取(ちょうしゅ)受けるんだから。お前の方が致命傷(ちめいしょう)だったから名前つけていいぜ」

 精神はキャピタルのほうが重傷だが。

「うーん、ほっそい(つる)に葉っぱがいっぱいついてて、めっちゃいっぱいでてきたよな・・・・・・。(つる)の捕食者、葉っぱの捕食者、葉っぱ野郎、葉っぱ太郎、いや、(つる)、つる・・・・・・ツル太郎でいいか」

「ツル太郎だな。よし、あの捕食者は今日からツル太郎だ」

 教室がキレイに片付いた頃、校内にざわめきが戻ってきて、それぞれの教室へ吸い込まれていった。

ソロの教室も
「リアルゲロ臭がする」
「机が変な場所に移動している」
「万年筆に臭い汁が付着している」
「埃っぽい」
「ゴミ袋が増えてる」
など教室内からちらほら聞こえてきたが、やがて静まって『菌と捕食者と私(人類)の生活史』が再開された。

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