p41

文字数 1,029文字

  暗がりの中でソロは目覚めた。

 頬に濡れた感触を覚えて手をやると、涙のような液体が付いていた。
 しかし、ソロの目から出たものではない。

「やべー、すっかり寝ちまったな」

 暗闇に手を伸ばすと、覚えのある感触に指先が触れた。
 ツル太郎の(つる)だ。

『・・・・・・首は取り逃がしちまったけどな・・・・・・』

「ひっ」

 今朝のバンクの言葉が脳内で再生されて、慌てて手を引っ込めたが、(つる)は襲ってくることなく揺れていた。

 暗闇によく目を凝らすと、それはノウゼンカズラの花と(つる)だった。

 ソロの頬を濡らしていたのは、ノウゼンカズラの花から滴り落ちた蜜だった。

「驚かせやがって・・・・・・」

 よくよく見れば、桜の(うろ)の中にまでノウゼンカズラが浸食している。

 カーテンのように垂れさがったノウゼンカズラの隙間から顔を出すと、(うろ)の横に、何やら黒い塊が映った。

 稲光で黒い塊の全容が晒される。
 ガワだ。
 致死性の高い胞子を含んだ人型のガワと、思いっきり目が合った。

「んぎゃあっ! 」

 光に遅れて轟音とソロの絶叫が(うろ)の中に鳴り響く。

 ノウゼンカズラの(つる)をがばっと引っ掴んで毛布のように被る。
 羽状(うじょう)に密集した小葉(しょうよう)が良い感じに体を覆い、身を隠すことができた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 怖い怖い怖い怖いよぉ」

 真っ暗な(うろ)の中で、(こも)った雨音だけが聞こえる。

 やっぱり夜になるとこの近辺は恐ろしい。

 あのガワは反則である。日が暮れると、やつらが夜の親水緑道の恐ろしさレベルをカンストさせている。

 たぬキノコは、たった一人でよく一晩もここで過ごせたものだ。大した胆力である。

 ソロはノウゼンカズラの花と(つる)の中で泣き喚いた。

 きのこの林田は死んでしまうし、人間部分は行方不明。

 おまけに、きのこの林田を死に追いやった捕食者を好きになってしまっている。

 外には恐ろしいガワが潜んでいるし、もう、思い切り泣くしかない。

ひとしきり泣き喚いた後、ソロは深呼吸して再び外の様子を伺った。

 勇気を出してガワの位置を確認したが、やつは同じ場所で大人しくしていた。

「許せ・・・・・・」

 なぜ謝っている(謝ってないけど)のか自分でもわからないが、とりあえずソロは泣きながら謝った(謝ってない)。

 同じ場所で大人しくしているガワは大目に見てくれた気がした。

「ヨシ、ユルス」

 ソロは即席のドブボイス腹話術で、ガワが許してくれたことにした。

 雨で涙と頬に付いたノウゼンカズラの蜜を洗うと、少し落ち着いた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み