p39 相手がツル太郎じゃなきゃ、二核菌糸になりたくない。

文字数 854文字

豪雨で親水緑道の水路は今にも溢れ出しそうだ。

 おまけに危険な菌類や胞子に浸食されたガワがところどころ転がっており、明るい時間のオドロオドロしさとは比べ物にならないほど薄気味悪さのレベルが上がっている。

 体に菌類が宿っているとはいえ、怖いものは怖い。

 暗闇の親水緑道を恐る恐る乗り越え、ひと際背の高い桜のところまでやってきた。

 ぽっかりと空いた洞の中は乾いており、豪雨の影響を全く受けていない。

「そういえば、たぬキノコはここで一晩過ごしたって言ってたっけ」

 試しにソロも入ってみる。
 もう一人くらいなら入れそうな空間がある。虫や木くずが気になるが、風雨を凌げてそこそこ快適だ。

 (こも)ったような雨音を聞いているうちに、眠気が襲ってきた。

 外はオドロオドロしい暗闇で満たされているが、この(うろ)の中は程よく温かくて気持ちが良い。

 眠気に(あらが)うことはせず、ソロは素直に従うことにした。

 今日は(つる)で締め上げられたり、ゲロを吐いたり発狂する友達を目の当たりにしたり軍人にビンタされたりで疲れてしまった。

「ツル太郎・・・・・・」

 ふと、怒りに燃えるツル太郎の顔が浮かんだ。
 やはり、どこかで見たことがある気がする。


「あいつの怒った顔、キレイだったなぁ・・・・・・」


 今更ながら、ソロはツル太郎を思い出してため息を()らした。

 あんなにキレイな生物に遭遇(そうぐう)していたならば、もっとハッキリと記憶に残っていそうなものなのに。

 思い出すだけで心臓が高鳴る。
 相手は捕食者なのに。
 自分から林田を奪った憎い天敵に、焦がれてしまっている。

 こんなのは嫌だ。
 なんて苦しい。
 なのに、細胞核を交換する相手はツル太郎以外いないとさえ想ってしまっている。
 交換するのがツル太郎の細胞核でなければ、二核菌糸に成長したくない。

 馴染めない集団生活や、火の手が上がったら一巻の終わりの我が家、見つからない林田、きのこ化が遅い自分のこと、頭の中で延々と流れ続けるキャピタルの鼻歌、バンク、リトル・マッスル、大人の電話サービスなど、今は全てから目を背けて眠った。



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