p2 祖父、美味
文字数 1,459文字
きのこは害を受けると、捕食者を誘引する揮発性物質を発生し、排除しようとする習性が確認されている。
ほんの少しなら影響は無いが、宿主がきのこを再生不可の状態まで引き抜けば、宿主はきのこの天敵と見なされる。生物の体が菌類に寄生され菌糸に成長し、きのこと化して目立ち始めたころ、そうとは知らずに治療の一環としてきのこを切除し続けた時代があった。
その結果、捕食者に襲われた犠牲者は何千万人にも及び、現在まで続く人口減少の一因として尾を引いている。
現在は当然、各国の法律で必要以上の無意味な収穫や食害は禁止されている。
ソロが窓を開けると、ちょうどクロスボウで捕食者と対峙するフルフェイスのバイカーがいた。
良い勝負だ。
視線を庭先のノウゼンカズラに移す。
「こんなに育ってんのに、なんで、あんまり花つけないかな」
ソロの家のノウゼンカズラはゴミ屋敷を蔓 で覆い、家の中まで浸食する厄介な奴だ。だが、この蔓 のおかげでゴミが雪崩 のように落ちてくることもなく、富士山が噴火した時も降灰 から家を守ってくれ、大地震の時も倒壊することなく無事に済んだ。
庭先では、その白いノウゼンカズラに埋もれるようにして、大ぶりのきのこの一群が肩を並べて
ソロの祖父と母だ。
祖父は富士山の噴火時に起こった食料難で、家族を飢えから守るために自ら地に根を張った。
美味で近所の人からも評判が良かったという話をソロもうっすらと覚えている。
食糧難は終わったが、美味なのでソロは今も時々食している。
祖父の娘である母は、捕食者と人間の戦争で徴兵されたあと、ケガで一度帰還したのだが、配給を貰いに並んでいた際に捕食者に襲われ、軍隊に回収されてここへ戻ってきた。
その時、幼いソロの世話を手伝いに来ていた親戚に、庭に埋めてもらい現在に至る。
味は普通。
父は徴兵されたのだが、終戦後も消息が不明。頭が薄かったことくらいしか記憶に残っていない。
祖父と母は、きのこの生活環に従って、毎年同じ場所に生えては消えるを繰り返している。
先ほど収穫したブナシメジ(仮)は冷凍庫へ入れた。
今まで無意味に収穫したブナシメジ(仮)たちが無造作に凍っている。
「収穫さえしなければ、今頃もっときのこだったかも」
おびただしい数の凍ったブナシメジ(仮)たちは、犯した罪の数々。
捕食者を誘引するには至らないが、凍ったブナシメジ(仮)たちの恨みつらみが、背筋に伝わってくるようでゾクゾクする。左手の甲に残った収穫後の細かい繊維の集合体となったブナシメジ(仮)も、気持ちが悪くてニヤけてしまう。
見た目は最高なのに、収穫後の跡の触り心地がツルっとしているのがちょっと不満だ。
いつまでも眺めていたいが、残念ながらこの愛しい集合体とはしばらくおさらばだ。
左手の甲にぽっかり空いたブナシメジ(仮)の跡に、六枚切りの食パンをギュッと握って詰めた。ブナシメジ(仮)のエサだ。
ソロが外に出ると、先ほどのクロスボウのバイカーが警察へ連行されていた。
クロスボウは法律で帯同が禁止されている。捕食者は撃退されたのか、もう姿はなかった。
ソロは鉢植えの酔芙蓉 に溜まっていた朝露を左手のきのこに滴 らせた。
人間ときのこの境界が曖昧になって、また一歩、きのこになって行く。
有線のイヤホンを片耳に挟んで、ウォークマンのスイッチを入れると、『花のワルツ』が流れた。
玄関を出ると、親水緑道の鬱蒼とした緑が飛び込んでくる。
木々の間や地面からは、大昔に菌類の犠牲となった死骸が
ほんの少しなら影響は無いが、宿主がきのこを再生不可の状態まで引き抜けば、宿主はきのこの天敵と見なされる。生物の体が菌類に寄生され菌糸に成長し、きのこと化して目立ち始めたころ、そうとは知らずに治療の一環としてきのこを切除し続けた時代があった。
その結果、捕食者に襲われた犠牲者は何千万人にも及び、現在まで続く人口減少の一因として尾を引いている。
現在は当然、各国の法律で必要以上の無意味な収穫や食害は禁止されている。
ソロが窓を開けると、ちょうどクロスボウで捕食者と対峙するフルフェイスのバイカーがいた。
良い勝負だ。
視線を庭先のノウゼンカズラに移す。
「こんなに育ってんのに、なんで、あんまり花つけないかな」
ソロの家のノウゼンカズラはゴミ屋敷を
庭先では、その白いノウゼンカズラに埋もれるようにして、大ぶりのきのこの一群が肩を並べて
生えている
。ソロの祖父と母だ。
祖父は富士山の噴火時に起こった食料難で、家族を飢えから守るために自ら地に根を張った。
美味で近所の人からも評判が良かったという話をソロもうっすらと覚えている。
食糧難は終わったが、美味なのでソロは今も時々食している。
祖父の娘である母は、捕食者と人間の戦争で徴兵されたあと、ケガで一度帰還したのだが、配給を貰いに並んでいた際に捕食者に襲われ、軍隊に回収されてここへ戻ってきた。
その時、幼いソロの世話を手伝いに来ていた親戚に、庭に埋めてもらい現在に至る。
味は普通。
父は徴兵されたのだが、終戦後も消息が不明。頭が薄かったことくらいしか記憶に残っていない。
祖父と母は、きのこの生活環に従って、毎年同じ場所に生えては消えるを繰り返している。
先ほど収穫したブナシメジ(仮)は冷凍庫へ入れた。
今まで無意味に収穫したブナシメジ(仮)たちが無造作に凍っている。
「収穫さえしなければ、今頃もっときのこだったかも」
おびただしい数の凍ったブナシメジ(仮)たちは、犯した罪の数々。
捕食者を誘引するには至らないが、凍ったブナシメジ(仮)たちの恨みつらみが、背筋に伝わってくるようでゾクゾクする。左手の甲に残った収穫後の細かい繊維の集合体となったブナシメジ(仮)も、気持ちが悪くてニヤけてしまう。
見た目は最高なのに、収穫後の跡の触り心地がツルっとしているのがちょっと不満だ。
いつまでも眺めていたいが、残念ながらこの愛しい集合体とはしばらくおさらばだ。
左手の甲にぽっかり空いたブナシメジ(仮)の跡に、六枚切りの食パンをギュッと握って詰めた。ブナシメジ(仮)のエサだ。
ソロが外に出ると、先ほどのクロスボウのバイカーが警察へ連行されていた。
クロスボウは法律で帯同が禁止されている。捕食者は撃退されたのか、もう姿はなかった。
ソロは鉢植えの
人間ときのこの境界が曖昧になって、また一歩、きのこになって行く。
有線のイヤホンを片耳に挟んで、ウォークマンのスイッチを入れると、『花のワルツ』が流れた。
玄関を出ると、親水緑道の鬱蒼とした緑が飛び込んでくる。
木々の間や地面からは、大昔に菌類の犠牲となった死骸が
生えている
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