p12 校長の花言葉

文字数 2,495文字

 ウォークマンの曲が『アルルの女ファランドール』に切り替わる。

 校長は花に擬態する菌類に寄生されているため、頭の花が四季折々で変わる。
 
 ちょうど学校の垣根(かきね)山茶花(さざんか)が使われているため、近ごろ校長の頭は山茶花(さざんか)に擬態している。

 年代物のきのこで言いしれぬ貫禄(かんろく)が辺りに漂っているが、頭部が一輪の花のためか(うるわ)しい。

「預かってくれ・・・・・・、じゃ、なくて。預かってください、だろ、松本さん」

 見た目は(うるわ)しいが、捕食者と人間の大戦で長きに渡る従軍経験があり、雷のように獰猛(どうもう)で激しいきのこでもある。

 その迫力に、ソロとたぬキノコの背筋(せすじ)が伸びた。

 (よわい)(かさ)ねたきのこの(すご)みのある声に、今まで学校で犯した数々の罪がソロの頭をよぎる。
①同校のきのこと殴り合いのけんかの末、うっかり相手のきのこを引っこ抜いてしまい警察と軍隊を出動させたこと。
②去年の課外授業で他校のきのこと()めて、頭に来てきのこを引っこ抜いてしまい警察と軍隊を出動させたこと。
③補修を受けたくない一心で、自分のきのこを引っこ抜いて警察と軍隊を出動させたこと……。

 ソロが引き起こしてきたトラブルを、この(すご)みのあるきのこが全て対処してきた。

「あ・・・・・・、預かってください」

「よろしい。ところで、そのタヌキ、ずいぶん弱ってるな。骨と皮じゃないか」

 校長は死にかけのカメムシ、牛乳に(ひた)したパンと水、ギンナンなどをたぬキノコに差し出した。

 タヌキ部分が()えて動けなくなる寸前だということを、菌根菌(きんこんきん)ネットワークから知りえていた。

 席から立った校長は長身で、手足がすらっと長くスーツが良く()える。
 ただ皿を差し出しただけの仕草が、頭が花なのも相まって実に絵になるきのこである。

「すまない、私にはこれが限界だった。タヌキが何を食べるのかわからなくて、とりあえず手あたり次第用意してみた」

「変な臭いがすると思ったら、ギンナンとカメムシのせいだったんかい。たぬキノコやめとけ、こんなの食べるの。ていうか、こんなん食べさそうとすな」

「大丈夫だよ、僕の体は好き嫌いがないから何でも食べれるんだ。校長先生ありがとうございます」

 好き嫌いとかそういう問題ではない気がするが、たぬキノコの礼儀正しさにソロはグッときた。

「なんと礼儀正しいタヌキ」

校長も心を鷲掴(わしづか)みにされたようだ。

「しかし、タヌキ。そんなに弱っているのに、なぜ宿主(しゅくしゅ)を変えないのだ」

「これには深いワケがあるんです」

 たぬキノコはソロの腕から床に降りると、校長の方へ進み出た。

 そこから先は、きのこ同士の深い会話が始まって、ソロは入っていけない。

教室にもどれば一時間目から『菌と捕食者と私(人類)の生活史』だ。
 しかも二回目の一年生なのでダルい。


 二時間目の体育が始まるまで、用がなくてもここに居たい。

 しかし手持無沙汰(てもちぶさた)なので、たぬキノコを()で回すことにした。

「ちょっとソロ、やることないなら教室に帰ってよ」

「お高くとまるな。撫でさせろ」

「思い通りにならないからって、そういうの良くないよっ」

「戻れ松本さん」

 校長の声が食い気味(ぎみ)に飛んできて、ソロは仕方(しかた)なく校長室を出た。

「しょうがねーな、体育が始まるまで教室で寝るか」

 一時間目はとっくに始まっているので、校内は静かだ。にぎやかなのはグループ学習に取り組んでいる教室と、校庭で体育をしているクラスだけ。


 ウォークマンを消して、ソロは静寂(せいじゃく)を味わった。

 林田の人間部分がいなくなった当時は物々しくて、巡回する軍隊や警察が常にウロついており、こんなのんびりした静けさとは無縁(むえん)の学校生活を送っていた。

 授業中も校舎内は軍人や警察の足音と、銃火器がぶつかり合う金属音が入り乱れていた。

 今となっては静かなもので、廊下に響くのはソロの足音だけ。

 自分以外誰もいない、どこかで音が聞こえてきても吸い込まれてしまうようなこの静けさが、ソロは好きだ。

 雪が積もった時の静けさに似ているから。

 こんなところでぼうっとしていると、堂々と遅刻してきた林田が、後ろからのんびり声を掛けてくるような気がする。

「気がする、・・・・・・、うん、気がする、だけ・・・・・・」

 
 あいつ、どんな顔してたっけ。どんな声だったっけ。


 きのこ化が進んでいるせいなのか、それとも人間だったころから記憶力に自信が無いせいなのか、最近、林田の顔がうまく思い出せない。

 教室に生えているあのきのこが、本当に林田なのか、自信がなくなる。たぬキノコの言う通り、アレが林田かどうか確認する術はない。

「あとで林田の顔調べるか……」

 林田の事件は地元の新聞で散々取り扱われた。きっと当時の新聞記事でも調べれば嫌と言うほど出てくるだろう。通信インフラの回復が見込めない中、それしか方法が無い。

 世間が林田のことを忘れようとしていることに対して、自分は怒っても良い側だとソロは思っていた。

 しかし、自分も林田の顔が思い出せないことに、深く失望している。

 好きだったのに。

 それとも、夢うつつに思い出す程度の相手だったのだろうか。

 ゴミが(あふ)(つる)に覆われている自宅に遊びに来たのはキャピタルと林田くらいだ。

 自宅に何の警戒も無く招き入れるくらい、林田と仲が良かったはずなのに。

 ソロの家の冷凍庫を勝手に開けて、勝手にドン引きしていた林田を見て笑い転げていた自分のことは思い出せるのに。

 警察が来た時も軍隊が来た時も、林田がドン引きしていたという反応しか思い出せない。


「あれ・・・・・・、ホントにオレら、仲良かったっけ・・・・・・? 」


 不安を覚えると、どうも残りのブナシメジ(仮)を収穫してしまいたくなる。

「はやしだのなまえ、なんだっけ・・・・・・? 」

 しかし、こんなところでやったら、そろそろ停学や留年では済まされないだろう。

 自分の周囲は(仮)が付くものばかりで、なんだか心もとないし、いつまでも立ち止まっていたら、人間でもきのこでもないことに不安を感じてしまう。

 ソロは観念して『菌と捕食者と私(人類)の生活史』の授業真っただ中の教室へ向かうことにした。


 しかしそこで、急に意識が遠のいて、そのまま廊下に倒れてしまった。




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