p4 たぬキノコ
文字数 2,773文字
タヌキの頭に枯葉 が乗っている。
いや、枯葉に似たきのこが両耳の間から生えていた。
知らない種類のきのこだが、ソロのブナシメジ(仮)よりも高尚 そうに見える。
「なんだ仲間か」
タヌキも自分と同じきのこの一部だとわかって、ソロは嬉しくなった。
「食パンあるぜ」
左手の甲から、水分を含んだ食パンをほじくり出すと、タヌキの方へ差し出した。
ちょっと自分のブナシメジ(仮)の繊維がくっついているが、まあ良かろう。
腹が減っていたのか、タヌキは警戒 しながらもソロの方へ寄って来た。しかし、足取りがヨタヨタとおぼつかない。
「食べる? 」
「いただきます」
頭に知らない声が響いた。正確には、今朝の無意味な収穫から生き残ったブナシメジ(仮)の一群、その中のさらに奥の根の部分。
人間ときのこの間に住まう菌根菌 。
菌根菌 がタヌキの意思を伝えてくれたのだろうか。
いや、このタヌキとは出会ったばかりだ。タヌキの意思が菌根菌 を通じて聴こえてくるとは考え難 い。
「きのこから生えている生物同士、双方 が望めば意思の疎通 はできるんだよ」
やっぱりタヌキの声のようだ。こんなふうに自分も他の菌類とやり取りできることに、ソロはいたく感激した。
「じゃあ、オレが頭の中で喋 っていることはタヌキには伝わってんのか? 」
「残念だけどそれはムリ。多分、人間の部分が多いせい。だから、僕と意思疎通したいとき、キミは声を出してね。そうすれば、僕がどんなに遠くに居ても、キミの声を拾うことができるから」
「そっか、オレは声を出さないとダメなんか。傍 から見たら、タヌキにむかって独り言 してるやべー奴だな」
「そうなるね」
湿った食パンを頬張 りながら、タヌキは続けた。
「キミは人間部分が多いねぇ。最近きのこになったばかり? 」
「いつなったのか、わかんね。タヌキは? タヌキの方が先輩ぽいよな。オレの頭に直接話しかけられるんだから、きのこ化がだいぶ進んでそう」
「タヌキタヌキいうけれど、喋 っているのはきのこだよ。タヌキはきのこから生えているだけだから」
「オレだってきのこから人間が生えてるだけだぜ。オレは松本ソロっていうんだ。タヌキは? 」
「タヌキじゃなくてきのこだってば。まあいいけど。きのこから生えているタヌキだから、たぬキノコでいいんでない? 」
ずいぶん適当なきのこだ。きのこが過ぎるとこんなものなのかもしれない。
「きのこになればなるほど、固有名詞に対する執着心 が薄れていくのさ」
話さなくても理解し合えるこのタヌキ、いや、たぬキノコ。
ソロはたぬキノコが、この世で一番の自分の理解者のような気がした。
「おいおい、きのこから生えている生物同士だから意思疎通ができるだけさ、キミの理解者にはなれないよ。距離感バグらないで」
「えぇ・・・・・・、冷たぁ」
ソロはたぬキノコに距離感を牽制 されて少し冷めた。
「もしかして、考えていることは全部筒抜け? 」
「いやいや、顔見ればわかるよ。でも、キミの菌類って、寂しがり屋で正直で不器用で、カワイイかも」
たぬキノコにカワイイと言われて、ソロは本格的にドキッとしてしまった。
「その髪型もとっても素敵。真ん中分けの坊ちゃん刈り、きのこっぽいよね」
「こ、これは、床屋に行くと勝手にこの髪形にされるだけで、別に、きのこを意識してるわけじゃ」
「似合う」
ソロは一生この髪形で生きて行くことに決めた。
そもそもこのたぬキノコ、見た目が良すぎる。
やはり、一目惚れしてしまったかもしれない。ソロはこのたぬキノコと細胞核を交換して二核菌糸に成長したいと感じた。
「好きです、たぬキノコ」
「僕タヌキだよ、相手は選んだ方がいいよ」
「たぬキノコにオレの本気度が伝わってるってことは、これはオレの菌類がときめいてるってこと? 」
「そうなるね。ソロの菌類はちょっと侵略的かも」
「それどういう意味? 」
「そのまんまの意味さ。湿ったパンごちそうさま、キミのきのこが混ざっているのが気になったけど、助かったよ」
「メシなんか食わなくても有機物と水だけで十分だろ。菌類が適当にどっかから調達してくれるんだから」
「タヌキの部分は食べ物を摂取しないと干からびちゃうから。毛がフサついててわかりにくいだろうけど、僕、結構ギリギリの状態なんだよ。実は諸事情 で移動できなくなると困るんだ」
「オレんちすぐソコだから、もうちょっとなんか食ってくか? 」
「もしかして、あの蔓 がモサモサで物が溢 れている家? 」
「うん」
「ううん。ソロはどこかへ行く途中だったんでしょ? 僕は幼虫でも探して何とかするから。ありがとね」
体よく断られたような気もするが、ヨタヨタとおぼつかない足取りで歩いていたことや、艶 のない毛並みを見ると、どうも心配になる。
というのは建前で、今なら捕獲できそうだ。
「じゃあ、お前のこと学校に連れてくわ」
「はあ?」
言うが早いが、ソロはたぬキノコを抱き上げた。たぬキノコの体は骨と皮ばかりでちっとも肉が付いていなかった。
「ちょっと、これから学校てとこへ行くんだろ。タヌキはきっと入れてもらえないよ」
「お願いしたいことがあるんだ」
「いやいや、僕は役に立たないよ」
たぬキノコは手足をばたつかせて降りようとしたが、すぐにぐったりと動かなくなってしまった。
「ごめんねぇ。こうしてお喋りは出来るけど、タヌキ部分は限界みたい。ちょっと休ませてもらうよ」
「休め休め。大人がいるとこに行けば、何とかしてくれるだろ」
たぬキノコをまんまと手中に収め、ソロは親水緑道に足を踏み入れた。
色とりどりの鮮やかな粘菌 が張り付いた古い倒木や、クロスボウの矢が散らばる小道の脇には、ムクゲの垣根 と桜並木の回廊 がどこまでも続いている。
かつて菌類の餌食 となったガワがところどころ散乱してオドロオドロしい部分もあるが、緑豊かで朝の散歩にはちょうど良い場所である。
淡い紫色のムクゲの花と、桜に絡みつくノウゼンカズラのオレンジ色の花が咲き乱れている。
ソロの家のノウゼンカズラは白だが、こっちはオレンジ色の花を咲かせる。
11月だというのに今も花が咲き乱れているのは、初夏のような陽気が続いているからだ。
近年、本格的な寒さが到来するのは1月に入ってからである。
「ここって、いろんな花が咲いてるよね。いろんなガワもあるけど。小さな川には魚がたくさん泳いでいるし、虫や鳥もたくさんいる。粘菌 やきのこも元気に育ってるし、豊かな土地なんだね」
「富士山の噴火と大地震のコンボがあった時に、あまりの状況のヤバさに、菌類に寄生されてた日本人が大勢きのこ化して、ガワも一緒になって火山灰の分解をとんでもねースピードでかましたんだ。それで土壌は栄養が豊富らしいぜ。だから、こんなふうに生態系が豊かなんだと」
「尊い犠牲の上にこの生態系が成り立っているんだね」
いや、枯葉に似たきのこが両耳の間から生えていた。
知らない種類のきのこだが、ソロのブナシメジ(仮)よりも
「なんだ仲間か」
タヌキも自分と同じきのこの一部だとわかって、ソロは嬉しくなった。
「食パンあるぜ」
左手の甲から、水分を含んだ食パンをほじくり出すと、タヌキの方へ差し出した。
ちょっと自分のブナシメジ(仮)の繊維がくっついているが、まあ良かろう。
腹が減っていたのか、タヌキは
「食べる? 」
「いただきます」
頭に知らない声が響いた。正確には、今朝の無意味な収穫から生き残ったブナシメジ(仮)の一群、その中のさらに奥の根の部分。
人間ときのこの間に住まう
いや、このタヌキとは出会ったばかりだ。タヌキの意思が
「きのこから生えている生物同士、
やっぱりタヌキの声のようだ。こんなふうに自分も他の菌類とやり取りできることに、ソロはいたく感激した。
「じゃあ、オレが頭の中で
「残念だけどそれはムリ。多分、人間の部分が多いせい。だから、僕と意思疎通したいとき、キミは声を出してね。そうすれば、僕がどんなに遠くに居ても、キミの声を拾うことができるから」
「そっか、オレは声を出さないとダメなんか。
「そうなるね」
湿った食パンを
「キミは人間部分が多いねぇ。最近きのこになったばかり? 」
「いつなったのか、わかんね。タヌキは? タヌキの方が先輩ぽいよな。オレの頭に直接話しかけられるんだから、きのこ化がだいぶ進んでそう」
「タヌキタヌキいうけれど、
「オレだってきのこから人間が生えてるだけだぜ。オレは松本ソロっていうんだ。タヌキは? 」
「タヌキじゃなくてきのこだってば。まあいいけど。きのこから生えているタヌキだから、たぬキノコでいいんでない? 」
ずいぶん適当なきのこだ。きのこが過ぎるとこんなものなのかもしれない。
「きのこになればなるほど、固有名詞に対する
話さなくても理解し合えるこのタヌキ、いや、たぬキノコ。
ソロはたぬキノコが、この世で一番の自分の理解者のような気がした。
「おいおい、きのこから生えている生物同士だから意思疎通ができるだけさ、キミの理解者にはなれないよ。距離感バグらないで」
「えぇ・・・・・・、冷たぁ」
ソロはたぬキノコに距離感を
「もしかして、考えていることは全部筒抜け? 」
「いやいや、顔見ればわかるよ。でも、キミの菌類って、寂しがり屋で正直で不器用で、カワイイかも」
たぬキノコにカワイイと言われて、ソロは本格的にドキッとしてしまった。
「その髪型もとっても素敵。真ん中分けの坊ちゃん刈り、きのこっぽいよね」
「こ、これは、床屋に行くと勝手にこの髪形にされるだけで、別に、きのこを意識してるわけじゃ」
「似合う」
ソロは一生この髪形で生きて行くことに決めた。
そもそもこのたぬキノコ、見た目が良すぎる。
やはり、一目惚れしてしまったかもしれない。ソロはこのたぬキノコと細胞核を交換して二核菌糸に成長したいと感じた。
「好きです、たぬキノコ」
「僕タヌキだよ、相手は選んだ方がいいよ」
「たぬキノコにオレの本気度が伝わってるってことは、これはオレの菌類がときめいてるってこと? 」
「そうなるね。ソロの菌類はちょっと侵略的かも」
「それどういう意味? 」
「そのまんまの意味さ。湿ったパンごちそうさま、キミのきのこが混ざっているのが気になったけど、助かったよ」
「メシなんか食わなくても有機物と水だけで十分だろ。菌類が適当にどっかから調達してくれるんだから」
「タヌキの部分は食べ物を摂取しないと干からびちゃうから。毛がフサついててわかりにくいだろうけど、僕、結構ギリギリの状態なんだよ。実は
「オレんちすぐソコだから、もうちょっとなんか食ってくか? 」
「もしかして、あの
「うん」
「ううん。ソロはどこかへ行く途中だったんでしょ? 僕は幼虫でも探して何とかするから。ありがとね」
体よく断られたような気もするが、ヨタヨタとおぼつかない足取りで歩いていたことや、
というのは建前で、今なら捕獲できそうだ。
「じゃあ、お前のこと学校に連れてくわ」
「はあ?」
言うが早いが、ソロはたぬキノコを抱き上げた。たぬキノコの体は骨と皮ばかりでちっとも肉が付いていなかった。
「ちょっと、これから学校てとこへ行くんだろ。タヌキはきっと入れてもらえないよ」
「お願いしたいことがあるんだ」
「いやいや、僕は役に立たないよ」
たぬキノコは手足をばたつかせて降りようとしたが、すぐにぐったりと動かなくなってしまった。
「ごめんねぇ。こうしてお喋りは出来るけど、タヌキ部分は限界みたい。ちょっと休ませてもらうよ」
「休め休め。大人がいるとこに行けば、何とかしてくれるだろ」
たぬキノコをまんまと手中に収め、ソロは親水緑道に足を踏み入れた。
色とりどりの鮮やかな
かつて菌類の
淡い紫色のムクゲの花と、桜に絡みつくノウゼンカズラのオレンジ色の花が咲き乱れている。
ソロの家のノウゼンカズラは白だが、こっちはオレンジ色の花を咲かせる。
11月だというのに今も花が咲き乱れているのは、初夏のような陽気が続いているからだ。
近年、本格的な寒さが到来するのは1月に入ってからである。
「ここって、いろんな花が咲いてるよね。いろんなガワもあるけど。小さな川には魚がたくさん泳いでいるし、虫や鳥もたくさんいる。
「富士山の噴火と大地震のコンボがあった時に、あまりの状況のヤバさに、菌類に寄生されてた日本人が大勢きのこ化して、ガワも一緒になって火山灰の分解をとんでもねースピードでかましたんだ。それで土壌は栄養が豊富らしいぜ。だから、こんなふうに生態系が豊かなんだと」
「尊い犠牲の上にこの生態系が成り立っているんだね」