p44 林田リョウ

文字数 1,505文字

 だが、チビの時はあらゆるリミッターが外れているらしいから、意外と自分と変わらないような気がした。

 だからといって、あんな奴と同レベルなのは嫌だ。

「お待たせしました。量が多いので、閲覧室(えつらんしつ)へどうぞ」

「あ」

 その続きが出ない。バンクの顔も雑学トークもシューベルトの軍隊行進曲も消えた。

「あ」の続きをいつ出せばいいかもわからない。
 閲覧室(えつらんしつ)まで案内されると、手袋を渡された。

閲覧(えつらん)する方が多いので、手袋を使用してください」

「あい」

 緊張して変な声が出る。

「コピーは一枚十円になります。欲しい記事がありましたら、スタッフにお声がけください」

「ぁりがとぅございます」

 言えた!

 バンク! ざまぁ!

 お前ができないことをオレは出来たぞ!

 謎の高揚感を胸に、手袋をはめて意気揚々と林田の記事を探す。ソロの他にも、新聞記事の閲覧(えつらん)をしている利用者が何人かいる。

 ソロが見ている新聞紙はところどころ破れや(しわ)があり、他の誰かも過去を調べるために閲覧(えつらん)していたことが伺えた。

 林田の記事はすぐに見つかったが、その顔写真を見て、ソロは息を飲んだ。

 林田の顔が、ツル太郎と同じ顔だったから。
 教室でツル太郎の顔を殴った感触が右手に蘇る。
 
 あれは、(つる)の形から人間の姿に変化を遂げたものだったが、明らかに人の皮膚の弾力だった。
 
 立っていられず、ソロは椅子に腰かけ、ゆっくりと机に肘をついた。

 イヤフォンから流れて来る『牧神(ぼくしん)の午後への前奏曲』が、現実を直視できないように頭を(もや)で包み込んで脱力させようとしてくる。

 明るい曲に変えようかと指先が動いたが、このくらい頭がボンヤリしていないと、ソロは目の前の現実に耐えられない気がした。

 ツル太郎の顔と、新聞に載った林田の顔を比べる。
 同じ顔だが違う。
 圧倒的に違う。

 ソロはバンクに殴られて(あざ)になっている頬を思い切り抓り、痛みで自分を(ふる)い立たせて記事を読み進めた。


・・・・・東京都江戸川区に住む中学一年林田リョウさん(17)の行方がわからない状態になっていることが8日、分かった。警視庁は事件や事故に巻き込まれた、また、捕食者に襲われた可能性もあるとして、顔写真を公開して情報提供を呼び掛けている。
林田さんは身長170センチくらいで襟足(えりあし)に掛かるくらいの長さの黒髪、行方不明時の服装は紺のブレザーとズボン・・・・・・

「じゅ、じゅうななさい? オレより3つも上だし背は高いし・・・・・・、あ、違う去年の時点で17歳だから、オレより4つも上だったのか」

 記憶の中の林田を引っ掻き回すが、まったく思い出せない。

 リョウという名前や、背が高かったこと、顔立ちが端正だったこと、声や、仕草も思い出せない。

 ただ『好き』ということしか記憶に残っていない。

 なぜ、こんなピンポイントで本人の姿が思い出せないのか。

 教室で殴ったツル太郎の記憶と、新聞記事の林田の顔を比べる。

 顔立ちは同じだが、新聞記事の林田の方がふっくらしており、表情が柔らかい。ちょっと気が抜けているというか、自分以外のすべてに遠慮して生きているような、そんな弱さも感じる。

 だが、ツル太郎は違う。

 張り詰めた険しい表情。

 きのこでも人間でもないソロを、とことん見下した鋭い同心円の瞳。

 (あご)はもっとシャープだったし、頬もすっきりしていた気がする。

 同じ顔立ちなのに、中身がまるで違うような・・・・・・。

「恋に落ちるに決まってるわ、林田の顔なんだから」

 細胞核を交換する相手はやはり林田しかいない。相手が林田じゃなきゃ、二核菌糸になりたくない。

 ソロは林田の写真のコピーを取るため、館内のスタッフを探した。今度はちゃんと
「お願いします」 が言えた。


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