p17  捕食者

文字数 1,438文字

  どこから現れたのか、おびただしい数の(つる)植物が、机や椅子をなぎ倒し、凄まじい勢いで侵入者に向かって突っ込んでいった。
 
 (つる)に絡め取られた侵入者は廊下の壁にめり込み、巻き添えを食ったキャピタルは机ごと廊下へ弾かれた。

「ぴゃぴたん! 」

 廊下に倒れ込むキャピタルの姿が急に横に切り替わり、ソロは体制を崩して床に体を打ち突けた。



 ウォークマンからイヤフォンが外れ、大音量で『新世界』のサビが流れた。
 

 ソロが何事(なにごと)かと体に目をやると、自分の足が細長い無数の(つる)(から)め取られていた。
 
 (つる)の先を辿(たど)っていくと、林田(仮)の足元でうごめくものがいる。林田(仮)の根元から、おぞましい数の(つる)が教室へ侵入している。
 
 林田(仮)が腐らせて開けた床の穴から、(ふち)に荒い鋸歯(きょし)を持つ小葉(しょうよう)が集まった羽状(うじょう)(つる)が、競い合うようにして続々と湧き出て来る。
 
 (つる)は重なるようにして林田にも(から)みつき、(じく)の部分をねじ切ろうと締め上げた。

「や、やめろーっ」

 顔の真横でうごめく(つる)に、ソロは思い切り噛みついた。苦い汁が口の中に広がり、あまりのまずさに胃液が喉元まで上がってくる。

 それでも顔を振って勢いに任せて噛みちぎると、体に絡みついていた(つる)の力が(ゆる)んでソロは脱出した。
 
 床に散らばった文房具から万年筆を掴んだ。
 こんな心もとない武器で勝てるわけがないのだが、林田(仮)に絡みつく(つる)に夢中になって突き立てた。


「林田(仮)から離れろ! 」


 捕食者の殺気を察知すると、きのこ達は恐怖のあまり動けなくなってしまう習性がある。

 だが、大部分が人間のソロには感情が残っている。感情が習性の壁を乗り越え、ソロを行動へと駆り立てた。

 (つる)を鷲掴みにして引きちぎり、林田(仮)から()がす。だが、ソロの体も(つる)に巻き付けられていく。足、腰、胴体を締め上げながら顔に向かってくる。


 痛みに怒りをかぶせて蓋をして、必死になって万年筆を(つる)に刺した。

 だが勢いで林田(仮)の軸も間違えて刺してしまった。

「 ! 」

 見なかったことにした。

 今はそれどころではない。

「ソロ! 」

 意識を取り戻したキャピタルが廊下から飛び込んできた。

 丸太のような剛腕(ごうわん)でソロに巻き付いた(つる)を剥ぐ。

 いかにも防御力の低いピチTを着ているくせに、キャピタル自身は大したケガはしていないようだ。


「キャピタル、林田(仮)のも頼む! 」

 大柄で力も強いキャピタルのおかげで、林田(仮)に絡みついた(つる)が一気に()がされた。

 だが、肝心(かんじん)の林田(仮)は既に無残(むざん)な姿になり果てていた。

 (つる)()がれた途端、軸は真っ二つに折れてしまった。

 すっかり(しぼ)んで、ソロが間違えて万年筆を突き立てた部分は変色が始まっている。

「あ・・・・・・」

 ウォークマンからは呑気に『天国と地獄』が流れて来るし、変わり果てた林田(仮)を見て、ソロは体の力が抜けてしまった。

 万年筆も(つる)がうごめく床へ落ちていく。

 ここまで本体であるきのこが損傷(そんしょう)してしまっては、人間部分が見つかったとしても再融合(さいゆうごう)は不可能だろう。

 もはや、死んだも同然なのである。

 ソロがなかば八つ当たりで(つる)を引っ張ると、妙な手ごたえを感じた。掴んだ(つる)から人間の皮膚のような弾力が返ってきたのだ。

 驚いて目をやると、(つる)が人間の腕に成り代わっている。
 
 一瞬、親水緑道の木々から生える人間のガワと重なった。

 小葉(しょうよう)が集まり羽状(うじょう)に見える葉をつけた(つる)のカーテンの中から、何かがソロを見ている気配がする。

 (つる)の中の存在と目が合った瞬間、ソロは中に引きずり込まれた。

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