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文字数 1,060文字

充電が満タンになったウォークマンをお供に、心地良い雷雨の中を傘を差してのんびりと30分ほど歩いて篠崎図書館までやってきた。

 イヤフォンから流れて来る『アテネの廃墟』で気持ちが弾んでいる。

 夜中にも関わらず、館内は込み合っていた。

 避難所も兼ねて24時間営業となった図書館は、併設するカフェやコンビニもそれに準じて営業を始め、今や読書や勉学だけでなく、眠れない人間やきのこ達が過ごす場所として存在している。

 夜限定のパフェが好評なのもあって、カフェの方は満席だ。

 ソロは一度誰かと食べたことがあった気がしたが、味の記憶も相手の記憶も無い。ただ、パフェの外観がキレイだったことだけは覚えている。

 とりあえず、一緒に食べた相手がキャピタルではないことは確かだ。

 奴だったならば、根こそぎソロの分を奪って争いが勃発(ぼっぱつ)していただろうから。

 濡れた傘と体の水分をタオルでふき取り、ソロはカウンターへ向かった。

 図書館のスタッフに、人間部分が行方不明となった林田の顔写真が載っているであろう時期の新聞が残っているか尋ねた。

「今は三年前の新聞まで保管しています。通信インフラの復旧の遅れに比例して、過去の新聞の閲覧申し込みが増えたからです。探すのに時間が少々かかりますが、大丈夫ですか」

 ソロはうなずくと、カウンター脇の席で待たせてもらった。

 待っている間「はい」とか「お願いします」とか言えば良かったとか、その一言が出せない自分がちょっと感じ悪い気がしてイヤだな、とか、妙な自己嫌悪に陥った。

 耳に届く『牧神(ぼくしん)の午後への前奏曲』も生暖かく感じる。

 こんな状況、キャピタルには絶対に見られたくない。
 
 キャピタルなんか特に、ああいったことを平気で出来る人間だ。

 奴は挨拶だとかお礼だとか、そういったものを当然のように言えるような人類なのだ。
 
 そしてたぬキノコも、きっと平然と挨拶やお礼が言えるきのこであろう。
 
 そもそもたぬキノコは完璧で隙が無い。
 
 林田は・・・・・・、林田がどうだったかは思い出せない。

「みんなできるのに、何でオレは出来ねぇかな」

 左手の甲のブナシメジ(仮)を引き抜きたくなる。

 だが、ブナシメジ(仮)に触れた途端、ノイズまじりにチビのバンクの顔が浮かんで慌てて引っ込めた。

 『シューベルトの軍隊行進曲』をバックミュージックに、ヤツの雑学トークが脳裏に流れ込んでくる。

「あの野郎・・・・・・! 」

 ソロの中に住まう菌類がすっかりバンクの支配下に置かれているのを感じて、面白くない。

 奴なんか軍人だから挨拶は完璧だろう。
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