第11話 1月2日。津波の傷跡。

文字数 2,263文字

上戸小学校から三月の家までは平時なら歩いて10分ほど、車だと一瞬で着く距離だ。
今は何軒か倒壊した家が道路を塞いでいるため、車で海沿いの国道を直線では行けない。
小学校の山側の方から迂回して、5分ほどで車は三月家前に到着した。
昨日元旦に帰宅した際にも車を停めた、畑の横の空き地に車を停車する。

「やっぱり車は出せそうにないな」
助手席から降りながら、隆太さんがつぶやいた。
古い車庫は完全に倒壊して、三月家の2台の車を押しつぶしている。
柱の間から車を覗くと、車の天井が少し潰れている感じはあるが、重機で車庫の屋根を取り除けば車は出せるかもしれない。
だが、多くの倒壊家屋で道が塞がれている現状を見ると、重機が来るのがいつかは今は想像することはできない。

表の門は少し傾いているが、開けることはできた。
震災時に根本の地面から大きく揺れていたブロック塀も、何とかそのままの姿で残っている。
一部ブロック塀の上の部品が取れて、周りに散らばっているが塀本体は大丈夫そうだ。

正面からぱっと見た感じは、家の外観は大きく崩れたりはしておらず、地震や津波の痕跡は今のところ見当たらない。
ただ建築士として長年建築に携わっている僕でも、震災で被災した住宅を見るのは初めての経験だ。
なんとも言えないというのが正直なところ。

玄関から右手の中庭を通ると、多くの瓦が落ちてきていた。
「こりゃあ早いとこブルーシート貼らんといけんな」
隆太さんが屋根の方を見上げって言った。

次に倒壊した蔵が見えた。
古い土塀の蔵は完全に倒壊している。
一部母屋と繋ぐ通路だけが残っている。

先祖から引き継いだお祝いごと用の食器や、色々思い出の品等が埋もれてしまっている。
「まっ、しゃーないな。それよりナオ、家の土台を見てみろ」
「あっ!」
基礎部分に大きな亀裂が入っている。
母屋の海側の建物と、台所側の駆体を繋ぐ基礎の部分だ。
建物と建物の繋ぎ目が少し間が空いてしまっているようだ。
上を見上げるとその部分の瓦が、一番落ちてしまっている。
屋根が少し波打っている。
やはりそういった建物の繋ぎ目が一番ダメージを受けている。

門から正面向かって右側のお隣との境の壁も崩れている。
海側に中庭を進むと、裏庭にあった垣根や海に向かう扉が完全に破壊されていた。
「ここまで津波が来たんですね」
裏庭に散らばった扉の残骸を見て、その威力を感じた。
「そうやな。俺はここに来るまでは津波が家の1階部分をさらってしまったかと思っていたんや。」
家は海岸線よりコンクリートで1メートルほど底上げした土台の上に建っている。
「ギリギリセーフやった。運がよかったわ」
その声に少し安堵の色があった。

浜辺に隣接する裏庭の扉は、跡形もなく津波で完全に壊れてしまっている。
扉が在った場所から浜辺に出る。
2メートルほどのコンクリートの堤防が海岸線沿いに続いているのだが、あちこちで崩れている。
海岸線の侵食を防ぐために設置されている大きなテトラポットは、幾つかが外れて転がっている。
あんな大きなものが外れるのか。

人間の作ったものなど一溜まりもない。
津波のなんという破壊力。
その威力に2人で言葉を失い、その光景を見つめていた。
「これがなかったら、俺たち全員死んどったな」
「そうですね」
間違いなくそう思った。
地震の直後に何かがぶつかる破壊音が絶え間なく響いていたが、テトラポットや防波堤がなければ一瞬ですべてを飲み込んでいたのだろう。
「テトラポットの下が、1メートルほど見えとる。地面が隆起しとるわ」
確かに貝が張り付いているテトラポットの根本が見えている。
初めて見る光景だ。

辺りを見回すと、珠洲の観光名所の見附島の形がすっかり変わっていた。
「あそこ、見附島の形が、三角形になってしまっています」
「ほんまや」
以前はこの浜辺から見附島を見ると、見附島の側面が台形に見えていたのだ。
見附島の沖側の部分だったところが完全に崩落している。
正面から見ると軍艦に見えるので別名軍艦島。
その勇ましい島の形と、潮によっては歩いて島まで行けるので観光地となっていた。

「あそこらへんは、地形的に津波が集中したんやな。鵜飼は大変な事になっているかもしれんな」
見附島の周辺には鵜飼漁港、のとじ荘、キャンプ場といろんな施設がある。
のとじ荘のお風呂には、僕も聡を連れてよく行っていた。
露天風呂からライトアップされた見附島や、雪をまとった立山連峰が見えて最高に気持ちの良い露天風呂。
今頃はどうなっているだろう。

隆太さんは反対方向の蛸島の方を海を見ていた。
「飯田や三崎の方も心配やな」
飯田港に津波が打ち寄せる映像はNHKのニュースで繰り返し流れていた。
「そろそろ家に入るか」
「はい」

裏庭から家に向かうと、コンクリートが迫り上がっていた。
「これは浄化槽ですか?」
「そうや」
現物を見るのは僕も初めてだ。
珠洲市は市街地以外は下水は通っておらず、「合併浄化槽」をという浄化槽を通して、トイレやお風呂などの生活排水を海に流している。
過疎化が進み、生活インフラにお金をかけられない事情があると前に隆太さんから聞いたことがあった。
その浄化槽が地震の影響で迫り上がっている。
「使えるかわからんわ」
寂しそうに隆太さんは言った。

浜辺からの帰りは、行きとは反対側の正面から見て左側の庭を通った。
新しい松の木が幾つか倒れているが、確かにここでは津波は防波堤でほとんどが防いでくれたようだ。

比較的新しい隣家も外からは大きな被害は見当たらない。
家の中も大丈夫であることを願って、震災時に僕が体当たりで外した玄関をくぐった。
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