第73話 4月8日。新生活。

文字数 2,495文字

今日4月8日は、聡の小学校の入学式だ。
僕もレイちゃんも休暇を取得して、レイちゃん、春香と一緒に入学式に出席した。
校門近くの入学式の看板の前で、保育園から顔なじみのママに家族4人揃った写真を撮って貰った。
聡と同じ背丈ぐらいのまだあどけない新一年生達が沢山いて、真新しい大きなランドセルが眩しく輝いている。
それにしても式の支援をしている六年生のお兄ちゃんお姉ちゃん達が、本当に大きくて手伝う姿も立派で感心する。
5年後には聡もこんなに成長しているのだろうか。
今日の姿からは想像もつかない。
入学式もつつがなく終わり、4人で歩いて家に帰った。

明日からはしばらく聡は、12時すぎに家に帰ってくるという。
今まで保育園ではお金さえ払えば延長保育で19時ぐらいまで見てもらえたのに、明日からは僕かレイちゃんが聡が帰ってくる時間には家に居る必要がある。
両親ともテレワークが可能な職場だが、それでも大変だ。
レイちゃんはシステム開発の仕事なので基本がリモートワークの勤務形態だが、システム導入時などはお客様先に出向く必要があるかもしれない。
僕は純粋な図面の設計作業の期間はリモートワークでも大丈夫だが、打ち合わせや施工確認など、結構な頻度で現場での作業が必要となる。
僕とレイちゃんの二人の都合がどうしてもつかない場合は、車で40分と比較的近くに住む僕の母親を頼ることになる。
父はまだ働いており、母もパートや習い事など慌ただしい毎日を過ごしているが、ありがたいことに、いつでも子供の面倒は任せてと言ってくれた。
ゆくゆくは学童とかにも頼る必要があるかもしれないが、当面はそういったフォーメーションで乗り切る予定だ。

僕は午後からはリモートで仕事をした。
夜は僕の両親が赤飯やプリン、他にもご馳走を持ってきてくれて、聡の新入学のお祝いパーティを家で開催した。
聡も春香もお爺ちゃん、お婆ちゃんの登場で、テンション高く大喜びだ。
聡は小学校での様子を、僕の両親にたっぷり話してくれた。

僕の両親が帰り、ニュースを見ながら残ったご馳走で晩酌をしていると、子どもたちを寝かせつけを終えたレイちゃんがリビングに降りてきた。
「子どもたち沢山はしゃいでいたせいか、今日は絵本を読まなくてもあっという間に寝たわ」
「お疲れ様。聡も初めての学校で疲れたかな」
「それもあるわね。まぁ明日の朝からも元気に学校に行ってくれるといいけど」
「そうだね」
「私も少しだけビール飲もうかな」
「おっ珍しい」
レイちゃんが持ってきたコップに、缶ビールを注いだ。
春香が半年ほど前に卒乳したので、レイちゃんの飲酒も解禁されたが、夜も子どもたちと接する時間が長いこともあり、レイちゃんは昔ほど僕の晩酌に付き合わなくなっていた。

「このフキノトウの天ぷら美味しいね」
「うん、春になるとうちの庭に生えてくるんだよね。フキノトウ」
「この苦みが日本酒に合いそう」
「いいね。日本酒飲もうか」
僕は昔からビール党だったが、三月家の皆さんと接しているせいか、最近少しづつ日本酒の美味しさにも目覚めてきていた。
僕はキッチンよりグラス2つと、いただきものの金沢市の酒蔵『福光屋』の『福正宗』を持ってきて、それぞれのグラスに注いだ。
「では改めて、聡の入学に乾杯」
僕がグラスを掲げると、レイちゃんもグラスを掲げた。
「それにしても、早いもんだね。聡が小学生なんて」
「本当に。特に春香が生まれてから、もうずっと慌ただしいし、一瞬で数年過ぎた気がする」
「確かに。そういえばはるき君も今年受験生だね」
「5日入学式だったし、もうはるきは3年生、ともきは2年生か。。。ふふふ。」
「なに笑っているの?」
「二人が小さい頃は、私が珠洲に帰ると、いつも私を取り合ってね。競って隣に座りたがったり。人生の中で一番モテた時だったわ」
「僕が初めて珠洲の三月家に行ったときも、レイちゃんが家に入ると子犬のように飛びついていましたからね」
「可愛かったなぁ。7年ぐらい前か。ということは7,8歳ぐらい。あの頃までは無邪気に懐いてくれていたなぁ。懐かしい。」
「となると、聡も無邪気にいるのも、あと2,3年かもしれないということか。そう考えると残り時間は少ないなぁ」
「まぁ、聡はあの二人より、もう少し精神的に幼いかも。珠洲に居ると、お父さんとかお兄ちゃんに鍛えられるから」
「僕がもっと子どもたちに厳しくした方がよいのかもしれません」
「いいんじゃない?人それぞれで」
レイちゃんのグラスが空いたので、福正宗を注いだ。
「ありがとう。なんにせよ、はるき、ともきはしっかり勉強して、ちゃんと飯田高校に入学できるといいのだけど」
「三月家から通学できるのは飯田高校だけなんですよね」
「珠洲市にはもう飯田高校しかないし。他も通えないことはないけど、大変だと思う。
まぁはるきは成績優秀だし、ともきも普通以上の成績はとれているみたいだし、多分大丈夫でしょう」
「せっかく家を建て替えても珠洲市外の高校となって家を出てしまっては少し寂しいし、飯田高校に受かって欲しいです」
「そうだね。先のことはわからないけど、ともきが本当に漁師を継いでくれたら、お父さんもお兄ちゃんも喜ぶだろうね。
けど震災もあったし、珠洲に残って漁師するのも大変かも」
「先日ニュースでやっていたのですが、能登の漁業復活の大前提として港の冷凍施設が復旧。それに加えて、のと里山街道が復旧しないと輸送時間がかかることによる輸送コストの増加。そして地殻変動によっての漁場の変化などの問題があると報道していました」
「まぁ、ともきが漁やるにしても、高校卒業してからと考えるとまだ4年もあるし、最後の問題以外は解消されているでしょうね。
漁場が変わって逆に、今まで取れなかった高級な魚が沢山穫れるようになったりして」
「確かにそうなるとよいですね。何にせよなるだけ早く、新しい家を完成させて、三月家で新生活を過ごせるようにしてあげたいです。」
「よろしく頼みます」
レイちゃんはペコッと頭を下げた。

この晩は久々に夫婦水入らずで、ゆっくりといろんなことを会話をすることができた。
こうして僕たち家族の新生活は始まった。
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