第16話 1月3日。発熱。

文字数 2,607文字

昨日1月2日は日中は10度近くまで気温が上がったが、夜はまた0度近くまで冷え込んだ。
車の中はレイちゃんと聡、春香。だいぶ回復してきたが念のためお義父さんと清恵さんで暖房をかけて寝ている。

体育館は石油ストーブが増えたのと、みなさんが家から持ってきた布団や防寒具のお陰で、1日の夜に比べれば随分寝られる人も増えてきている。
勿論、屋外よりはマシといったレベルだが。
昼間はみんな何かしら活動したので、疲れて寝ている人も多そうだ。
僕も3時間ぐらいは連続して眠れた。

明け方5時前に布団にくるまって、ウトウトしているとレイちゃんが僕の肩を叩いた。
「寝ているところごめん。どうも春香が熱があるみたいなの」
「えっ?」
「熱が高くて苦しそう。どうしようか」
そういえば聡も3歳ぐらいまではよく高熱を出していた。
聡が3歳のときの元旦に高熱を出して、珠洲の当番医の小児科に連れて行った記憶がある。
子供が高熱を出すのはよくあるが、、、今回は特にタイミングが悪い。

「珠洲の病院は、、、無理よね」
「昨日町会長さんが珠洲市役所で聴いた話だと、どの病院も水も使えず、泥だらけの急患の方が次々と運び込まれて、野戦病院みたいになっているっていってました」
「そうだよね、、、」
「自衛隊も今は生き埋めとなった方の捜索に全力を上げているとのことでした。多分子供の熱を診てくれる、余裕ある病院はなさそうです」
僕も起きがけというだけではなく、今この状況でどうすればよいかわからない。

「ナオ、レイ、お前ら家族は金沢に帰れ」
横で寝ていたと思っていた隆太さんが体を起こしてそう言った。
眠りが浅かったであろう、はるき君、ともき君、お義母さんも起きて僕たちの会話に加わった。
「昨日、近所の龍ケ崎さんに聞いたんやが、震災で能登空港で足止めされていた娘さんが、タクシーで金沢まで帰れたらしいんや」

「みのりちゃん?」
レイちゃんが聞いた。
「そうや。みのりちゃんは年末帰ってきて、1日の夕方の便で能登空港から羽田に帰ろうとしてたんや。能登空港で地震におうて、そのまま搭乗者は能登空港に泊まったんや」
「そっか。みのりも6歳の子がおったはず。大変やったね」
「偶然金沢に向かうタクシーを見つけられたと言ってた。ラッキーやったな。ただ道が悪く、のと里山海道も通れんくて、下道(したみち)の国道で6時間かかったそうや」
「6時間!?」

普段はのと里山空港から金沢までは2時間もあれば十分行ける。
「ああ、輪島の方から回って七尾湾を通って金沢に向かうしかないんや。のと里山海道は羽咋までは通れんらしい」
金沢がある加賀と、能登を結ぶ「のと里山海道」。
それ以外の道で行くとなるとどれも片側一車線の道ばかり。
普段でも時間はかかるが、それでも6時間とは。
「私も友達が震災時にたまたま、のと里山海道の別所岳サービスエリアにいたんだけど、一晩焚き火で過ごして、昨日歩いて麓まで降りたって連絡があったんや」
お義母さんが教えてくれた。

「何にせよ、今の珠洲におっては普通の治療は受けられん。春香ちゃんも熱が続くようなら心配やし、おまんらはすぐ金沢に帰れ」
本当に僕たち親子だけが金沢に帰ってしまってよいのだろうか。
この状況でみんな逃げ出したいが、自宅が心配だったり、住民を離れたくなかったりと色々な事情を抱えている。

「わかった。帰る」
レイちゃんもいろんな思いを逡巡していると思うが、きっぱりと答えた。
「それがいい。あと、、、」
珍しく隆太さんが言い淀んでいる。
お義父さん、隆太さん、レイちゃんと三月家の面々は即断即決型で、間違っていたら柔軟にすぐやり直すという性格だ。
恐らく漁師の直感や、海の経験でそうなったのだろうと今は感じでいる。
隆太さんは、はるき君達を見てから、言葉を続けた。

「すまんが、こいつらと清恵を連れてってくれんか」
隆太さんは頭を下げた。
「清恵は大丈夫だと思うが、もしも今後頭を打った影響が出てきたら、ここじゃどうしようもない。子供たちと一緒に金沢に連れてってくれんか」

「父ちゃん、俺はここに残るよ」
はるき君が言った。
「家の修理とか、避難所の運営とか色々人でがいるやろうし、それらを手伝うよ」
「僕も残って手伝うよ」
ともき君も続いた。
「ありがとな。まぁそうだな。手伝ってくれると助かるな」
隆太さんは2人に向き合って言った。
「だが、この避難所には丼でご飯をおかわりするようなお前たちが食えるほどの食料はない。多分あと2,3日したら食料も届くやろうが、それまでしばらく金沢におってくれ」
「でも、、、」
「お前らは母ちゃんを見ておいてくれ。ちょっと心配や。あとしっかり勉強せーよ」
最後は冗談ぽっく笑っていった。

「なら僕が残りましょうか」
「いや、ナオ。お前はみんなを頼む。レイは春香ちゃんの面倒を見るなら、聡の面倒も必要だろう。頼んだぞナオ。」
隆太さんは僕の肩を軽く叩いた。

「レイ、すまんがこいつらと清恵をしばらく泊めてやってくれ」
「勿論よ」
「そうと決まればすぐ準備や。時間がたてば立つほど、道が混む。ナオ、車のガソリンは残ちょるか?」
「半分ほどです」
震災後こまめに車を出したり、夜に暖房を使ったりで随分ガソリンが減ってしまっている
「普段なら十分金沢に帰れる量だけど、6時間以上渋滞で暖房を点けるとなると心許ないわね」

金沢の家から珠洲の家まで140キロぐらいの距離。
のと里山海道に乗ってしまえば、珠洲の家までの信号は10個もなく、燃費は抜群に良くなる。
金沢でガソリン満タンに給油していけば余裕で珠洲までの往復は可能だ。
通常ならば。

今はガソリンスタンドもやっていない。
再開しても需要が集中し、ガソリンが不足するのは間違いないだろう。
時間をかけて並んでも給油できるとは限らない。
毎日ガソリンを消費していくと、金沢に移動できるチャンスは益々減っていってしまう。

「よっしゃ。うちの軽自動車からガソリンを吸い上げてみるわ。軽自動車の給油口は何とか見えとったし、ホース届くやろう。お前らはそれまで準備しておけ!」
いうやいなや、隆太さんは自宅の方に走って向かった。
はるき君やともき君、レイちゃんも準備を始める。
この行動力の速さは三月家のパワーだと感じた。

早速まだ暗い中三月家に向かい、清恵さん達は金沢で暮らす最低限の荷物を積み込んだ。
隆太さんが軽自動車から何とか少しだけガソリンを吸い上げてくれて、ソリオのガソリンを補充することができた。
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