第3話 1月1日。珠洲着。

文字数 2,189文字

「ランプ。ぷ、、、プリン!」
聡が大きな声で言った。
「あー、『ん』がついたー」
車の中で思わずみんなで笑ってしまう。
5才児の聡は最近時々、そんな難しい言葉も知っているだ、とビックリするような語彙も増えてきたが、やはり5歳児。
まだまだ簡単にしりとりで負けてしまう。

のと里山街道を降りてから、珠洲道路で3つ目のファミリーマートが見えてきた。
奥能登にはほとんどコンビニはない。
途中のコンビニの数を数えることで、珠洲までのおおよその距離を感じることができる。
「そろそろ家に着くわよ」
珠洲の観光名所「見附島」近くのファミリーマート宝達店が見えれば、レイちゃんの実家まではもうすぐだ。

小さな山を超えると、一気に珠洲の町並みが見えてくる。
ずっと道沿いを直進していたが、珠洲市街に向かう道を右折し、海沿いの国道249号線を左折すると、すぐレイちゃんの実家の「三月」の家にたどり着いた。

「おっ、皆さんお出迎えに出てくれているよ」
レイちゃんが先程もう着くよとLINEしていて、三月家が家族総出で出迎えてくれている。
僕は実家向かいの畑の横の、空いたスペースに車を止めた。

「おー、よーきた、よーきた。疲れたやろ、はよ入れ」
一際大きな声でレイちゃんのお父さんが声をかけてくれた。
みんな次々に僕たちの荷物を持ってくれている。
「あけましておめでとうございます。今年もお世話になります」
「挨拶はいいから、はよ入れや」
みんなで楽しく話しながら実家の門を潜った。
三月家は田舎の海沿いの立派なお家で、門から家に入る。
大勢の人に囲まれて聡は早くもテンションMAXだ。
ツラレて春香も飛び跳ねながらお兄ちゃんの後に続いた。

七年前、初めて会ったときは小学一年生と年長さんだった甥っ子のはるき君とともき君。
当時はレイちゃんが門を開けるやいなや、子犬のようにレイちゃんに纏わりついていた。
今はちょっと照れくさそうにしているが、去年もしばらくするとレイちゃんと楽しげに話していた。
ふたりとも中学2年生と中学1年生の立派なお兄ちゃんとなり、小柄な僕と同じくらいの身長だ。
来年にはお兄ちゃんのはるき君には身長を抜かれるだろう。
みんな歓迎してくれて僕たちの荷物を持って、泊まる部屋に運んでくれた。
2階の海辺に面したお客部屋に着くと、子供のすぐいる荷物を夫婦で整理する。

1階に降りると、はるき君たちが子供の頃遊んでいたおもちゃを出してもらい、聡も春香も楽しそうにしている。
大きなテーブルの上にはお節だけではなく、お刺し身などの海の幸も沢山も並んでいる。
「運転お疲れ様。ナオ君はビールやったよね」
お義姉さんの清美さんがよく冷えたサッポロ黒ラベルを出してくれた。
お義父さんやお義兄さんの隆太さんは朝から飲んでいるのか、赤ら顔だ。

「さぁかあちゃんも、子供たちもここに座れー」
お義父さん、僕の子どもたちにとってはおじいちゃんが台所に向かって言った。
僕は隣りに座った聡の脇腹をつついた。
「あけましておめでとうございます!!ことしもよろしくおねがいします!!」
車の中で聡に教えていたことを元気な声でちゃんと言えた。
「します!」
春香も続いた。
「あけましておめでとう!今年も宜しく!」
みんな笑顔でグラスを掲げ、乾杯をした。

やっぱり小さい子供がいると、いつにもまして和やかになる。
聡は隆太さんに挨拶を褒められ、頭を撫でられ得意顔だ。
子どもたちはお年玉までいただいて、嬉しそうにしている。

初めて三月家を訪れたときは、珠洲の日本酒「宗玄」を飲みすぎて醜態を晒してしまった僕だが、その後めっきり日本酒に強くなる、ということも全くなく、レイちゃんにはできるだけビールを飲んでダウンしないようにと、釘をさされている。
お義父さんや隆太さんは相変わらず黒く日焼けした漁師焼けの血色のよい顔で、宗玄を水のようにさらりと飲んでいる。
同じペースで飲むと大変なことになるので、できるだけチビチビとビールを飲みたいところだが、並べられた料理がどれも美味しくて、どうしてもビールのペースも上がってしまう。

台所ではお義母さんと義姉の清美さん、レイちゃんが楽しげに話しながら子どもたちのお餅を焼いてくれていた。
石川県には昔から「能登の父父(トト)らく。加賀の母母(カカ)らく。」という言葉がある。
ここ珠洲や輪島などの能登地方は女性陣が働いて、男性陣が楽である。
金沢や小松などの加賀地方は男性陣が働いて、女性が楽である、という意味だ。

男女平等が当然となった今でも田舎ではまだその傾向が残っている気がする。
確かに金沢などの地方都市ではお節もお店で買ったり、男性陣が積極的に家事をしたりと、女性の負担が下がる状況にはあるが、奥能登ではまだまだ女性陣がしっかりとした暮らしを支えているように感じることがある。

三月家の女性陣も皆しっかり者で頼もしい。
その分僕を筆頭に、しっかりとした女性陣の手のひらで男性陣は操られている気もする。
頼もしい隆太さんも、場面場面では清美さんに頭が上がらないことも見受けられるのだ。

聡や春香もお餅を食べて、はるき君たちに遊んでもらっって楽しそう。
僕はお義父さんや、隆太さんたちと近況を話した。
今年は寒ブリが豊漁とのことで、食卓にも脂の乗った美味しい寒ブリの刺し身がたくさん並んでいる。
僕もいつの間にか日本酒を手にしており、男性陣で楽しい話に花を咲かせ酒を酌み交わしていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み