第69話 3月23日。未来図。

文字数 4,008文字

3月23日の午後からは、僕の車に所長と美久ちゃんを乗せて珠洲に向かった。
最近は大掛かりな支援物資を必要とする避難所も少なくなっている。
人数も3人なので、ライトバンは使わずに僕のソリオで行くことにした。
最初はレイちゃんと聡と春香も連れて行こうかと迷っていたが、昨日から子どもたちが風邪っぽくなり断念。
今後支援で珠洲に行くことは減っても、三月家のみんなに会いに行く機会は増えるだろう。
懸命な復路の工事が継続する「のと里山街道」を通って、珠洲の三月家に到着した。

今回の珠洲来訪の目的は、支援ではなく大規模半壊の判定を受けた三月家に対する、僕たち設計事務所のプレゼンテーションだ。
町家に関連する設計が主業務である僕たちの設計事務所だが、勿論通常の住宅の設計にも対応できる。
三月家の皆さんへの挨拶もそこそこに、僕は持参したパソコンを茶の間の液晶テレビに接続した。

プレゼンテーションの準備が終わると、テレビの前にお義父さん、お義母さん、隆太さん、清恵さん、はるき君、ともき君が集まった。
「おまたせしました。では今から三月家のプレゼンテーションを始めさせていただきます」
「相変わらずかてーぞ、ナオ!」
お義父さんの冷やかしに、三月家のみんなや所長、美久ちゃんから笑いが起こる。
「身内だとやりづらいですね。。。
けど仕事モードなのでこのままの感じで進めさせていただきます。
ではまず最初に、僕たちが考えた新しい三月家のイメージを表す、コンセプトを説明させていただきます」
美久ちゃんに目で合図すると、美久ちゃんはパソコンのマウスを操作した。
「おおっ!」
三月家のみんなから声が上がる。
液晶テレビには、美久ちゃん作成のコンピューターグラフィックスの動画が流れ始めた。
三月家から見える珠洲の海の風景が映し出され、波の音が聞こえる。
見附島の方から一艘の舟が、三月家の方向にゆっくりと近づいてきた。
舟はどんどん近づいてきて、浜辺を乗り越え上陸し、閃光とともに三月家の家に合体した。
「凄い!」
三月家の人たちから拍手が起きる。
「ナオがこの動画作ったのか?」
隆太さんが聞いてきた。
「いえ、美久ちゃんです」
みんなの視線が美久ちゃんに集まった。
「えへへ。照れるなぁ。私は図面描くのはまだまだですが、こーゆーの作るのは得意なんです」
「いやー、すげーなぁ」
みんなの称賛に、美久ちゃんも照れながらも嬉しそうだ。

「ではこれから僕たちの考えた家の説明を行います」
動画への興奮が少し覚めたところで、美久ちゃんはマウスを操作し、画面を動画からラフデザインの3次元CADの図面に切り替えた。
「さきほどの動画で説明したように、新しい家のコンセプトは『舟』です。
これはもし今後大きな津波が発生した場合を考えて、家の海側を船首のようなイメージの構造として、津波の威力を分散させることを目的としています。」
美久ちゃんがモデリングされた家の視点を変え、海側の建屋を表示させた。
「では次に、大きな工事の方向性を説明します。
子供部屋がある新しい道路側の建物はそのまま残して、元からある母屋や倒壊した蔵は公費解体ですべて解体します」
「やっぱりそうか」
お義父さんは残念そうに言った。
「はい、僕も残したいとは思うのですが、皆さんがこれからも安全に暮らすためにはそうした方がよいと思います」
美久ちゃんが「現在」の三月家の平面図面を出して、壊す部分をポインタで示してくれた。
「上記の部分を一旦更地とした後は、今回液状化した海側部分の地面を土壌改良します。
基礎である家の土台部分も現在よりも少し盛り上げて高くする予定です。
今回できるだけ海側ではなく道路側に家を建てる予定ではありますが、今後も地震で海側に沈み込むことがないよう、基礎をしっかり補強します。」
テレビは現時点の三月家の平面図面から、3次元CADの新しい図面に切り替わった。
土壌が改良したら、残す道路側の建屋と繋がるよう家を増築します。
増築部分の1階は先程話しましたように、海側は船首をイメージしたような津波に強い形とします。
1階にはお義父さん夫妻の部屋、リビングダイニング、トイレお風呂などの水回りを今よりもコンパクトになりますが用意します。」
テレビには今度は家の中側のイメージ映像が映し出された。
「リビングダイニングは先程の船首に当たるところになります。
土台を上げた分、リビングから海がよく見えます。」
「おー、いいなぁ」
お義父さんが声を上げた。
「今の三月家でも1階の海側の部屋から海が見えますが、基礎の土台を嵩上げした分、より海が見えるようになると思います」
テレビにはリビングの大きめの窓から海が広がる風景が映し出された。
「ここがキッチンです」
「あらすてき」
キッチンのイメージの風景に切り替わると、女性陣からも声が上がった。
「リビングダイニングから続く通路の両脇には、お義父さん達の和室と、お風呂やトイレの水回りがあります。」
テレビの画像は和室に切り替わった。
「和室は少し小さめの部屋ですが、ここで布団の出し入れをして生活します」
「二人なら十分な広さよね」
お義母さんが嬉しそうにお義父さんに話しかけ、お義父さんも同意した。
「お風呂とトイレ、そして洗面所です。
標準的な大きさのものです。
もっと大きくもできますが、リビングダイニングを大きめにした分、こちらは標準サイズとなっています。勿論このあと大きさは変更できますが、水回りを欲張りすぎますと費用に跳ね返ってきます。」
うんうん、と隆太さんが頷いた。
「では階段を上がって、2階を説明します。」
美久ちゃんが2階の図面に切り替えた。
「2階に上がった海側のスペースは、普段は何も無いフリースペースとしています。
2階からはより海が遠くまで見えるので、椅子を置いてぼんやり海を眺めたり、本を呼んだり、パソコンを使ったりと、家族が自由に使える空間にします。」
「おしゃれな喫茶店みたいね!」
清恵さんが声を上げた。
「この2階の空間はお客が来た時の客室としても使えますし、沢山のお客様が来た時の宴会場としても使えます」
「おっいいぞ!」
大勢での宴会が大好きのお義父さんが一際嬉しそうな声を上げた。
「僕たちが泊まりに来たときもここで泊まらせて貰おうかと思っています」
「いいぞいいぞ、今すぐ泊まっていけ」
「まだできてないって」
お義父さんの浮かれ具合に、はるき君がつっこむと笑いが起きた。
「そして2階の海側にはベランダがあります。
このフリースペースを宴会場として使った場合、扉をオープンにして、夏は海を眺めながらバーベキューができます」
「すげぇな!」
お義父さんのテンションが益々上がっていく。
「2階の道路側は隆太さん達の寝室です。
1階のお義父さん達の寝室もそうですが、基本寝室は地震や津波を考えて、土壌が強い道路側に寄せています。」
「なるほど」
清恵さんが頷いた。
「お義父さん達の部屋同様、隆太さん達の寝室もあまり大きくはありません。
これははるき君や、ともき君が数年後家をでるかもしれないので、状況に寄っては臨機応変に部屋を入れ替えることも考えられたらと思っています。」
「そっか、そうだよなぁ」
お義父さんははるき君、ともき君の方を見て少しだけ寂しそうな顔をした。
テレビの画像は1階の図面に戻った。
「1階は玄関を作ります。壊さず残す現在の子供部屋の建屋は、はるき君とともき君の部屋のまま利用します。
今までご覧になってわかるかもしれませんが、家の中の収納スペースは少なめです。
その分は、車庫の裏に物置小屋を作ってそこに、格納すればよいかと考えました。
幸い土地は広いので、家の中に沢山収納スペースを作るより、物置小屋に集中させた方が安価で家が建てられます。
車庫は現在のように建屋形式の車庫ではなく、フレームだけの車庫に作り変えます」
テレビの画像は家に隣接する車庫のイメージ画像を映し出した。
最後にもう一度全景が映し出され、美久ちゃんがゆっくりと家の全体像がわかるように、マウスを操作した。
「以上が僕たちが考えた、新しい三月家のイメージです。ご清聴ありがとうございました。」
僕と美久ちゃんと所長が頭を下げると、しばらくののち三月家のみんなから拍手が湧き上がった。

「ありがとうな、ナオ。よかったわ」
隆太さんが握手を求めてくれた。
「こんな素敵な家に住めたら嬉しいわ」とお義母さん。
「ほやな、で、ナオ、この家いつ建つんや。明日か明後日か」
「お義父さん、おもちゃの家じゃないんですから」
今度は清恵さんに突っ込まれるとまた笑いが起きた。

時期については今まで僕たちに任せてくれて、あまり話をしていなかった所長が返答してくれた。
「そうですね。まだ今回はラフデザイン案です。設計も色々詰める必要があります。
そして現時点では、公費による解体が具体的にいつから始まるかがわからない状態です。
場合に寄っては公費解体を待つのではなく、補助金を貰って進める方が早いかもしれません。
また現在は物資も人手も、まだまだ一般の家までには回ってこれない状況です。
長期戦になるかもしれません。」

「そっか、、、。そうだな。けどなんか今の話を聞いて、希望が出てきたな。
色々考えてくれてありがとな、ナオ。」
「今回はレイちゃんもいっぱい協力してくれました。バリアフリーや生活動線など、これからもお義父さんやお義母さんが安全に暮らせるようにと」
「レイも考えてくれたのね。確かに私達家族が住みやすそうな間取りになっているわ」
お義母さんが嬉しそうに言った。
「あいつもやるな。まぁ何にせよあんたらも疲れたやろ。あとの話はこのあと酒でも飲みながらゆっくり話そうや!」
お義父さんがそう言うと、お義母さんと清恵さんが料理やお酒の準備を始めたので、これで僕たちのプレゼンテーションはお開きとなった。
所長や美久ちゃん、そしてレイちゃんのお陰で、素晴らしいプレゼンテーションを行うことができた。
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