第51話 1月29日。2次避難。

文字数 2,082文字

29日の朝、体調は完全に戻ったのでテレワークを開始した。
ミーティングで僕が行けなかった珠洲の支援の話も所長から色々聞かせて貰った。
仕事の話に戻り、今週水曜日に僕と美久ちゃんで小松市のクライアントを訪問する件について、細部を調整した。

元旦の地震ですっかり話題にのぼることは無くなっているが、今春の2024年3月16日(土)に北陸新幹線の金沢-敦賀間が開業する。
金沢と福井の中間にある「小松市」。
小松空港でも有名な工業が盛んな市だ。
新幹線の駅も新設され、本来なら新幹線開通の高揚感に包まれていたはずだが、今は人も疎らだという。
小松市近くの粟津、片山津、山中、山代など従来「関西の奥座敷」と呼ばれていた温泉街は2次避難先として活用されている。
実際には金沢より南にある小松市や加賀市は能登半島地震による被害は、ほぼ皆無と言ってよい。
「石川県に来ないてください」といった石川県知事の発言もあり、被害の小さかった金沢をはじめ、金沢以南の観光客は激減している。
金沢では最近中国の春節のおかげで、少しだけ観光客は増えて来ているが、震災前に比べると石川県内の観光地はどこも閑散とした状況が続いている。

今回訪れる小松市のクライアントの町家も、新幹線開通を見据えてcafeを運営する予定だ。
勿論今からでは開通日には間に合わないが、昨年から行っている町家の設計は佳境を迎えている。

オンラインによる会議を終え、水曜日の小松市での打ち合わせに向けて準備を進めていると、お昼休みに清恵さんから電話が入った。
「もしもしナオ君。いま大丈夫?」
「大丈夫です」
「風邪は治った?」
「ええ、おかげさまで。心配おかけしました」
「そうよかった。あまり無理しないでね。という後にお願いするのは気が引けるんだけど、一点お願いがあるの」
「僕でできれば何なりと」

話を聞くと、お義父さんの友人の谷川さんという方がいて、地震と津波で家が全壊し、現在粟津温泉に2次避難しているという。
最初谷川さんは同居する娘さん夫婦や近所の人たちと一緒に2次避難したのだが、娘さん夫婦は仕事の関係で、珠洲にある1次避難所に戻ったらしい。
近所の方も、次々に親族のところに身を寄せたり、珠洲に戻ったりと、2次避難所を離れ、周りに顔見知りが居なくなってしまったという。

谷川さんは津波から逃げる際に転倒し、左手首を骨折してしまった。
全治2ヶ月の診断でリハビリ中だ。
骨折の方は順調に回復し、日常生活にはあまり支障は無いらしいが、1次避難所での生活はまだまだ厳しいので温泉もある粟津で療養中。
ただ毎日何もすることがなくテレビを見て過ごしているという。
スマホは持っているのだが、電話以外の使い方はわからないので、1度テレビ通話の設定をして、周りの人とテレビ通話できるようして欲しいとの依頼だった。

「ちょうど水曜日に小松市に行く用事があるので、仕事調整してみます」
ローカル線だと、粟津は小松市の次の駅だ。
と言っても都会のような狭い駅の間隔ではないので、6キロ程は離れている。
でも車ならそんなにかからないはずだ。
「色々ありがとう。お義父さんも喜ぶと思うわ。」
清恵さんはそう言って電話を切った。

1月10日頃から始まった2次避難。
現在は約4000人近くの人たちが県内外の施設で過ごしている。
1次避難は被災地にある避難所。僕たちが避難した上戸小学校などがそれに当たる。
2次避難は被災地以外の県内外の避難所だ。
1.5次避難はホテルなどの2次避難所に入るまでの、一時的に被災者を受け入れる施設だ。
1.5次避難所は1月8日に金沢市の「いしかわ総合スポーツセンター」に開設された。
本来はすぐにその役目が終わる予定だったが、介護が必要な高齢者など行き先が決まらず、現在も運営されているという。

そんな状況もあるが多くの避難者は、順次2次避難所に移っている。
その中にお義父さんの友人の谷川さんもいらっしゃり、粟津温泉の「法師」という有名な温泉旅館に避難されているとのことだった。
2次避難所も金沢市のホテルだったり、粟津温泉のように金沢市からかなり離れた場所だったりと場所も宿泊先の形態もまちまちだ。
避難した地区の方がバラバラにならないよう、できるだけ同じ2次避難所に入居するという方針がとられている。
ただどの避難場所に入居できるかは運次第という状況になっている。
「避難所ガチャ」の言葉も囁かれているらしい。

石川県庁に努めている僕の友人の話だと、発災直後から石川県庁の職員は、県内外の膨大な震災対応に追われ、調整作業や支援作業など毎日深夜まで職員一丸となって働いているらしい。
支援物資や水道、道路、電気、ガス、などの復旧要員の受け入れが絶え間なく続き、みんな過労死寸前だよと、疲れ果てた内容のメッセージが届いていた。
一人一人の被災者のきめ細かいニーズまでは、対応が追いつかない状況だ。

震災対応は多岐に渡り、終わりが見えない。
僕にできることがあれば何でも協力せねばと思うのは、そういう友人の姿を見ていることもある。
早速所長に連絡し、水曜日の打ち合わせ後、粟津に行く段取りを調整した。
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