第63話 3月5日。アイデア。

文字数 1,846文字

「無事、設計完了お疲れ様でした。かんぱーい」
所長が音頭を採って乾杯の挨拶をした。
僕と美久ちゃんもグラスを掲げ、「かんぱーい。お疲れ様」と冷えたグラスを合わせた。
「くー、うめぇ!!」
所長から声が漏れる。

手掛けていた小松の町家cafeの設計が完了したので、所長、美久ちゃん、僕の3人で設計事務所の近くにある、馴染みの焼き鳥屋「とり良」さんで祝杯を掲げた。
お昼のランチの玉子丼も絶品の、金沢市は東山の観光地にある焼き鳥屋さんだ。
どの串も美味しく、僕も大好きなお店だ。

「そういえば今年初めての飲み会ですねー。アツアツ」
美久ちゃんが大ぶりのつくねを食べながら、ビールを流し込んだ。
「そっか、元旦の地震で新年会もできなかったしな。珠洲の支援でも忙しかったし」
それから3人で小松の町家cafeの話になった。
図面は納品できたので、これからは施工業者の管理やチェックのフェーズとなる。
今回の施工する町家は小松市なので、金沢から遠く離れている。
いつもとは異なる初物の施工業者も多く、管理も大変になりそうだという話になった。

そこから話は珠洲支援の話題になり、三月家の「大規模半壊」の話に移った。
「で、ナオさんは三月家のラフデザイン進んでいるんですか?」
設計が完了して嬉しいのか、いつもよりお酒のピッチが早い美久ちゃんは、早くも少し呂律が怪しい。
「うーん、あんまり進んでないんだよね。今ひとつ核となるコンセプトが掴めなくて」
「そうだなぁ。震災や津波に強い家、というのは大前提として、どうあるのが三月家の人たちにとってよいかっていうのは難しいよな」
「子どもたちもあと数年で巣立つかもしれませんし、そんな大きな家にはしなくてもよいかと思うのですが、お義父さんが人を家にたくさん招きたいという想いもありますし」
「まぁ、ナオ、お前が一番三月家の人のことをわかっているんだし、建築士の視線も織り交ぜながらよい提案がてきるんじゃない?」
「そうですね。今のところ道路側の増築した建屋は残し、母屋より海側を壊してから、水回りや家を作る方向ではあるのですが、、、」
「ふね」
と唐突に美久ちゃんが言った。
「えっ?」
「フネみたいな家がいいんじゃないですか」
「ふねぇ!?」
所長と声が被ってしまう。

「ほら、隆太さんもじっちゃんも漁師だし、船なら津波にも強そうだし」
「船かぁ」
所長は少し考え込んだ。
確かにコンセプトにしたら面白いかもしれない。

「じゃ、ボール」
「ボール!?」
また所長と声が被る。
「ボール型の家なら津波が来ても、頑丈。あれ、津波で流れちゃってダメかー。あはは」
美久ちゃんは一人で言って一人で笑っている。
随分酔いが回ってきているようだ。

「じゃーねぇ、、、まるび!!」
「まるび!?」
まるびとは、金沢市の中心にある「金沢21世紀美術館」の愛称だ。
丸い美術館で「まるび」。
北陸新幹線開通後、大きな観光スポットとなっている現代美術館だ。
丸い周りの外壁はガラスになっていて、360度周囲から中が見えるようになっている。
無料ゾーンにも底から覗けるプールがあって、アートに詳しくない人でも十分楽しめる美術館だ。
1月1日の地震で一部の展示室で天井のガラス板が剥落するなどの損傷があり、現在は規模を縮小して開業している。
整備・修繕の復旧作業が6月21日まで続く予定だ。

「まるび型の家なら地震や津波に強いんじゃないですか。
三月家が珠洲の観光スポットになったりして。あはははは」
「奥能登芸術祭とかあるし、本当に観光スポットになったりしてな」
所長も美久ちゃんの案に乗っかって笑った。
正式には「奥能登国際芸術祭」。
石川県珠洲市全域を会場として開催された国際芸術祭。
珠洲の至る所に作品が展示されており、三月家や上戸小学校のすぐ近くにも作品がある。
古い駅を使った建物自体を作品化するなど、珠洲と現代アートの融合した作品もある。
第1回は2017年に実施され、第2回は奥能登国際芸術祭2020+。
そして第3回は昨年2023年に開催され、多くの観光客が珠洲を訪れた。
復旧した家屋がそんなアート作品の1つとなって、再び珠洲の町を盛り上げたりしたら、確かに面白い。
新しい復興の形となるかもしれない。

その後も酔った美久ちゃんの、湯水の如く湧いてくる、玉石混交の面白いアイデアに時には乗っかり、時にはけなして飲み会は楽しく盛り上がった。
僕はその中で出た幾つかのアイデアを、とり良さんの割り箸の袋の裏にメモを取った。
少し酔った頭の片隅で、三月家復興の良い案に結びつかないか思考した。
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