第14話 1月2日。満月の夕。

文字数 2,249文字

「おおっし、できたぞー」
隆太さんが鍋をおたまで叩きながら、体育館の外に作ったバーベーキューコーナーで避難した皆さんに声をかけた。

17時を回って辺りは暗くなったが、気温が7度近くあるだろうか。
この時期にしては暖かい気温だ。
朝の氷点下のように極寒でないのはありがたい。
勿論寒いのだが、防寒具もだいぶ行き渡ったので、少しは改善できてきた。

バーベキューのグリルには炭火が赤々と燃え、その上の魚介たっぷりの大鍋をお義母さんが作ってくれた。
大鍋の横には網にのった肉を隆太さんが次々と焼いてくれており、香ばしい匂いをたてている。

みんなの家から持ち寄った食材やお酒でちょっとした豪華な宴となっている。
体育館の外まで食べに来れる人は、バーベキューを囲んでお酒も飲んで談笑している。

高齢の方は体育館の中で暖かい料理を食べて貰えた。
小学校の給食室にあった皿や大鍋もお借りして、はるき君達が皆さんに運んでくれた。
石油ストーブは全部で5台になっており随分暖かくなった。
ただ灯油がいつまでもつかわからないので、無駄遣いはできない。

お義父さんもお酒の力か復活して、近所の方と鍋を囲んでいる。
深刻そうに話をしているが、時折笑い声も聞こえる。
若い人も高齢の方も少し表情が緩んでいる。

やっぱり暖かい食べ物をみんなで食べると、気持ちが暖かくなってくる。
バーベキューの横では小さな焚き火もくべられた。
赤い炎が上がるのを見ると、気持ちが安らいでくる。

辛い現実もあるけど、お酒も入り昨日の茫然自失した状態から少し活気が出てきた気がする。
僕も地震で奪われたエネルギーが少しづつチャージされたような気がしてきた。

体育館の横のコンクリート土台部分で、僕たち親子は座って焚き火を見ていた。
横ではレイちゃんが子供たちにご飯を食べさせいる。
みんなのお腹も膨れた頃、焚き火の向こうから唄声が聞こえてきた。

***
ハアーヤー奥能登の珠洲の岬の五所桜〜 枝は越後か葉は佐渡へ〜
(ヨーイヤナーコレワイサノサー)
***

「あれ、この唄聴いたことあるような気がする」
隣のレイちゃんに訪ねてみた。
「これはお祭りの曳山(ひきやま)をひくときのときの唄ね」
レイちゃんも手を止めて、歌っている人たちの方向を見た。

みんな日本酒片手に歌っていて次第にその環は大きくなっていた。

***
ハアーヤー若い衆や過ちするなよ怪我するな 人は面倒と言うばかり
ハアーヤー鶯や今年初めて京まいり 一夜泊りをとりかねる
***
珠洲山曳き唄(珠洲市) 採譜・編曲 加賀山昭
http://www.kanazawashi-minyo.com/suzuyamahiki.htm

力強い歌声は自分の心に染みていくようだ。
唄は何種類か代わり、同じ曲も繰り返し歌われながら徐々に夜は更けていった。

「よし、次はナオ、お前が歌え。金沢代表だ!」
「え!?」
日本酒片手に完全復活したお義父さんから突然無茶振りされた。
急に言われてもこんなときに、歌える曲なんてないぞ、、、

いや、一曲あった。
ただ覚えているかな。
若い頃一時期ギターを練習していたときの唄を思い出した。

満月の夕(ゆうべ)

1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災を歌った曲だ。
急いで時折繋がるようになってきたスマホで歌詞を検索する。
幸い繋がり、歌詞を見ることができた。
焚き火に近づきスマホで歌詞を見ながら、ヤケクソ気味で大きな声で歌った。

満月の夕(ゆうべ)
作詞. 中川敬・山口洋 ; 作曲. 中川敬・山口洋.
https://www.youtube.com/watch?v=Z0yn_1WzV_k

***
風が吹く港の方から 焼け跡を包む様におどす風
悲しくて全てを笑う 乾く冬の夕
***

今日もワンセグでは炎に包まれた輪島の朝市通りの映像が流れている。
誰もが一刻も早い鎮火を願いつつも、何も出来ない無力感に襲われていた。

***
夕暮れが悲しみの街を包む 見渡すながめに言葉もなく
行くあてのない怒りだけが 胸をあつくする
***

今日も近所を車で走らせたが、数多くの家が全壊している。
傾いている家も多い。
家からの荷物の持ち出しを手伝っているときにも、長年住み慣れた家の被害に涙を流している人が多かった。
言葉なく呆然とする人も。
まさに「行くあてのない怒り」が人々の心を襲っている。

***
声のない叫びは煙となり 風に吹かれ空へと舞い上がる
言葉にいったい何の意味がある 乾く冬

ヤサホーヤ 唄がきこえる 眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る解き放て
生命(いのち)で笑え 満月の夕
***

空を見上げると、海の上に半月が輝いていた。
珠洲の内浦では、朝に海から太陽が昇り、山に沈む。
元々夜の灯りが少ない珠洲だが、停電で電気が消えてしまった今では空に月や星がはっきり見える。

満月ではないけれど、震災を歌った歌詞と現在の状況がシンクロする。
思わず涙がでそうになる。

***
絶え間なくつき動かされて 誰もがこの時代に走らされた
すべてを失くした人はどこへ 行けばいいのだろう
***

震災では本当にすべてを失くす。
どこに行くかはまだ考えられない。

***
それでも人は また汗を流し 何度でも出会いと別れを繰り返し
過ぎた日々の痛みを胸に いつかみた夢を目指すだろう

ヤサホーヤ 唄がきこえる 眠らずに朝まで踊る
ヤサホーヤ 焚火を囲む 吐く息の白さが踊る解き放て
生命(いのち)で笑え 満月の夕
***

最後は希望に満ちた歌詞で終わる。
何年ぶりかに歌ってみて、今ほどこの曲が心に染みたことはなかった。
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