第72話 4月1日。桜。

文字数 1,639文字

元旦の発災より3ヶ月が経過した。
本日金沢では桜の開花が宣言された。
平年より2日早く、昨年より9日遅い開花となった。
僕の実家に植えられて大木となったソメイヨシノも、何輪か咲いたよ、と母からスマホに写真が送られてきた。

珠洲市上戸町の海沿いにある、早咲きの「谷崎の桜」が咲いたとのニュースも報道された。
珠洲の桜は、金沢よりだいたい1〜2週間あとに毎年開花する。
一度桜の開花が遅かった年は、4月末のゴールデンウィークに珠洲で桜の風景を見れたこともあった。
雪の季節が終わり、桜の便りとともに、珠洲の人たちの震災で受けた心の傷も、徐々によくなっていければと思う。

桜よりも少し早く、三月家でようやく水道が復旧した、との連絡と写真が「三月家 珠洲⇔金沢」のグループに送られてきた。
3月10日に三月家の近くの上戸小学校まで通水し、すぐそこまでは水道管は通っていたのだが、水道管と自宅とを結ぶ『宅内配管』が破損しており、修理業者の順番がようやく回ってきて復旧したのだ。
これまでは近所の方の井戸水を分けて貰って、何とか生活用水を工面していた三月家だが、これで生活インフラに関してはほぼ元の状態に戻った。
通水するまではお風呂は簡単な行水か、時々は近くの銭湯や自衛隊が設営したお風呂に通う生活だった。
それはそれで昭和の生活みたいで楽しかったとお義父さんは言っていたが、やはり自由に入れる家のお風呂が一番だ。
水道以外の問題としては、一度強風により屋根のブルーシートが外れ雨漏りしたとのことだが、隆太さんが屋根に登り修復したという。

清美さんは僕からの仮設住宅申込みの依頼連絡後、すぐに仮設住宅の申し込みを実施した。
すでに近くの仮設住宅は大方埋まっており、7月頃までに今後増設される仮設住宅に当選できれば、との連絡があった。
お義母さんと清美さんは引っ越しに向けて、家にある日常の生活用品を整理している。
今度の家は今よりも小さくなるので、引っ越しを機に不要なものはできるだけ処分するつもりだという。
お義父さんと隆太さんは一部倒壊し、大きく傾いた蔵に入って、思い出の品や蔵に仕舞われた品々の整理を始めた。
昔は田舎の大きな家では、自宅で冠婚葬祭をするのが当たり前だったので、輪島塗と思われる食器のセットが幾つも蔵の中には眠っているという。
他には掛け軸や骨董品など、いつ頃からあるのかお義父さんもわからないような品々が蔵には残っている。

テレビの鑑定団に出して高額なら、新しい家の費用にするぞ!とお義父さんは張り切って蔵の中から取り出した品々を見極めているらしい。
清美さん的にはどれも二束三文の安い品じゃないかと思っているが、どうなることだろう。
昔の三月家のご先祖は大きな商いもしていたという話もあり、意外と掘り出し物があるのかもしれない。
何にせよ、大きく傾いた蔵は、地震があると危険なので、必ず複数人居る時に作業するよう僕からは伝えた。

清美さんとはその後もメールやオンラインで新しい家の設計について、意見を交わした。
家事動線などの要望を細かく調整する。
お義父さんは、この前のプレゼンテーションの家でいいんで、はよ建てて、といつも言っているららしいが、珍しく本日1つだけリクエストがあった。

海側の庭に桜の木を一本植えて欲しいとの要望だった。
新しくできる家の2階のベランダで、桜と海を見ながら花見をしたい、という要望だった。
大勢を呼んでの宴会が好きなお義父さんらしい要望だ。

僕も頭の中でイメージしてみる。
4月の日中少し日差しが春めいた頃、波の音を聞きながら、桜とその向こうに見える海を眺めながらチェアに座り本を読む。
本に飽きたら、横のサイドテーブルの上に置いたビールを一口飲む。
新しい三月家に、シンボルツリーとしての桜の木。
いいんじゃないかな。

周りの住民の人たちにも見えるぐらい桜の木が大きくなれば、多くの人の心に春を感じさせることができるだろう。
パソコンで三月家の図面を開き、海に望む庭の真ん中に桜の木を一本書き込んだ。
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