第23話 1月4日。日常。

文字数 1,679文字

4日朝。
いつものように、聡が僕のお腹の上で飛び跳ねるので起きた。
暖かい布団。飛び跳ねる聡。
一瞬、昨日までの過酷な珠洲の光景が夢だったのではないかと思った。
寝起きから徐々に覚醒する頭で、あの地震の揺れや実際にあった恐怖が現実だったことを思い起こす。
残念ながら悪夢ではなかった。
その証拠に運動不足だった体が被災生活の影響で、体の節々が痛み、疲れはまだとれていない。
だが、頭だけは随分すっきりしてきた。
珠洲ではどう生き延びるかに、神経をすり減らしてきたのだろう。
生活してくのに生命の心配がない、というのが何よりありがたかった。

既に元気全開な聡は、はるき君やともき君が起きていないかな?と嬉しそうにリビングにいった。
僕は歯を磨こうと洗面所に向かう。
蛇口を捻ると普通に水が出ることに鳥肌が立った。

本当に僕たち今の日本人の日常は、災害と紙一重の境界線でギリギリ拮抗を保っていると実感している。
水やトイレを自由に使えない困難さは身をもって体験した

僕をはじめみんなは久々にぐっすり寝れたようだ。
寒さや余震の恐怖に怯えることなく、寝れるのは本当に素晴らしいことだ。
たまに金沢で震度2の余震があるが、そのとき能登では震度4や震度5弱といまだ大きな揺れが絶え間なく続いている。
珠洲に残ったお義父さん、お義母さん、隆太さんは大丈夫だろうか。

春香の風邪は頓服が切れると少し熱が上がるが、それもだいぶ収まってきた。
ピークは超えた感じがする。
いつもの小さい子供特有の高熱のようだった。
今のところレイちゃんや聡、三月家の面々にも感染っていないようなのは幸いだ。

朝は食パンとスープを僕が用意した。
簡単なものだが、今は暖かいものを食べられるだけで幸せだ。

今日は4日なので仕事始めだが、レイちゃんは元々休暇の予定。
僕は午前中だけ休みを貰って、清恵さんを近所の病院に連れていった。
その後は、はるき君とともき君とドラッグストアに行って、当面の生活で必要な身の回りの物を購入。
スーパーで食材を買い出し。
どんぶりでご飯を食べるという育ち盛り2人のため米も購入した。
それにしてもスーパーやドラッグストアの品揃えが眩しすぎる。
お弁当や水やインスタントラーメンなど避難食的な商品は一部品切れしているが、ほとんどの商品は通常通り売られている。
電気が途切れ、モノクロ化した珠洲の街から来ると、今までこんな華やかな品揃えだったのかと驚かされた。
そうこうしているうちに、清恵さんから連絡があり、病院に清恵さんを迎えに行って帰宅。

お昼はレイちゃんの作ってくれたチャーハンで昼食。
男子中学生2人は確かに沢山食べる。
大盛りチャーハンも完食し、お代わりを食べている。
見事な食べっぷりだ。
聡もいづれそうなるのかな。
聡はいつもより多くの人に囲まれて、楽しそうだ。

「病院、混んでました?」
食後のお茶を飲みつつ、レイちゃんが清恵さんに聞いた。
「ええ、いっぱいやった。4日でお休み開けということに加えて、現在県立中央病院や近代の大学付属病院は、ドクターヘリや陸路で能登から搬送された患者の人たち溢れて手一杯の状態なんだって。通常の医療ができなくて、大きな病院から溢れた人たちが小さな医院にも押し寄せているとのことだったわ。」
「そうなんですね。しばらく金沢の医療体制は脆弱になっているので、怪我とかしないよう気をつけないと」
「そう思った。緊急でない手術の延期の話を看護婦さんがしているのも耳にはいったし」

能登の病院が野戦病院のようになっているが、その余波は近隣の金沢や富山の病院にも影響しているようだ。
今は奥能登だけではなくて、金沢、石川県すべて総力戦での対応となっているのだろう。

「それにしても検査結果がなんともなくてホッとしました」
「そうでしょう。だから私は珠洲に残るって言ったのに、隆太、頑固やから」
「まぁ検査を受けて安心できたというのもあるし、よかったんじゃないですか」
はるき君やともき君をはじめみんなもその意見に同意した。

病院に普通に行くことができない。
通常時の医療体制がどれだけ手厚くなっているかも今回の震災で実感されられた。
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