第29話 1月6日。敷設。

文字数 2,494文字

三月家の前の空き地にライトバンを停めた。

当たり前だが見渡す光景に三日前と何ら変化はない。
完全に倒壊した斜め向かいのお家の瓦礫は道路を塞いだままだ。
発災時、家に居たかと思われた早苗さんは親戚の家に訪問中で何を逃れたのは幸いだった。

金沢でのニュースを見ていると、全国から集ってくれた自衛隊の方も現在は生存者の捜索、救出に最善を尽くしている状況で、主要な幹線道路はともかく、細かい道の復旧にまではとても手が回っていない。

三月家の門をくぐると、震災時に僕が体当たりで外した玄関の扉ははめられていた。
地震で玄関自体が少し歪んだためか扉は開けづらかったが、力を入れて玄関の扉を開けると、家に入ることができた。
トンカチで釘を叩く音が響く。
「ただいま!」
ともき君が大きな声を上げて家に入ると、隆太さんが1階の海側の部屋から顔を出した。
「お前ら本当に戻ってきたんか。金沢におりゃあいいのに」
隆太さんもお義母さんと同じようなことを言った。

「ブルーシート持ってきました」
「おっそれは助かる。ありがとうな。早速使わせて貰うわ」
はるき君たちとライトバンにブルーシートを取りに行った。

台所はまだ食器類が散乱しているが、倒れた食器棚は戻されていて、壁に釘で固定されていた。
「もっと前から固定しとけば清恵も怪我せんでよかったのにな」
「まぁ仕方ないわ。じゃ私は台所の片付けするね。はるきは2階、ともきは1階の海側の客間の片付けをお願いね」
三月家の3人は手際よく分担して、家の片付けを始めた。

僕と隆太さんはブルーシートを持って、2階に上がった。
隆太さんは2階の窓から軽快に屋根に上がり、ブルーシートを屋根に敷き広げ、シートの四隅を紐で固定していった。
僕も本来手伝わなければならないが、僕は極度の高所恐怖症で、隆太さんをサポートするぐらいしか出来ない。
隆太さんは颯爽と屋根を歩きまわり、次々とブルーシートの敷設を進めていった。
漁師生活で鍛えた賜物であろうか、屋根の上でもバランス感覚が抜群だ。

幸い今日は雨もふらず、気温も10度を超えており、屋根に登って作業するにはよいタイミングとなった。
30分ほどでブルーシートの敷設は終わった。

「これで一安心や」
ほっとした表情で隆太さんは一息ついた。
「ありがとな、ナオ。こんなしっかりした分厚いブルーシート持ってきてくれて」
「うちの設計事務所の所長が、取引のある業者さんに声をかけてくれて集めてくれました」
「おまんらの結婚式で司会してくれた、あの人か。魚取れるようになったらお礼せんなんな」
「お見舞金までいただいてしまって。清恵さんに渡してあります」
「そうか。。。本当にみんなに世話になるな。お礼伝えておいてくれ」
「はい。そういえばお義父さんは?」
「飯田港の方にいっちょる。漁業組合の人たちが集まっていると迎えがきてな。もうそろそろ帰ってくる頃だと思うが長引いとるな」

14時を過ぎた頃に、遅そめのお昼ご飯。
深夜レイちゃんが準備してくれたおにぎりを茶の間でみんなでいただいた。
断水しているので洗い物がでないよう、おにぎりは個別にラップに包まれている。
久しぶりの家でのご飯。
お義父さんがまだ不在だが家族が揃っての食事で、みんな楽しそうだ。
お互いここ数日の金沢や珠洲であったことを報告する。

トイレも近所の方の井戸水を分けてもらって、自分でタンクに水を補充しながら使えるようだ。
ただ浄化水槽の状況がわからないので、今は最低限の利用に留めているとのことだった。
あまり浄化されずに海に流れている可能性も高いという。

男性のおしっこは、すぐ後ろの海に行って用を足している。
僕もテトラポット近くでおしっこをした。
最初は社会的通念などもあって、なかなか出るものも出なかったが、慣れてくると普通にできるようになってくる。
「魚の栄養が増えて、今年取れる魚はより美味しくなってるぞ」
と隆太さんは冗談を言った。

みんなが昼ごはん食べ終えるとお義父さんが帰ってきた。
ウェットティッシュで手を拭いて、お義父さんも早速おにぎりを頬張った。
「くー、うめいな」
「レイちゃんが握ってくれました」
「そっかあいつも料理の腕が上がったな。それにしても上手い。ここ最近は菓子パンやカップ麺ばっかりやったしな。人の作ったもん食べたん久ぶりや」
確かに避難所にあった食料は菓子パンやカップ麺、レトルトなどが中心だった。
避難所では生野菜が食べたいという話も聞いた。
特にお年寄りには厳しい食生活が強いられている。

「で親父、どうやった。飯田の漁業組合の話は?」
お義父さんが食べ終わったあと、隆太さんが聞いた。
「転覆した船や挫傷した船の引き上げはまだ目処がたたんということやった。儂らのような小さな船はほとんどが無事やったし、燃料さえあれば漁には出られると思うが、冷蔵施設がいつ頃復旧できるのかも目処がたたんということや。結局今の段階では何もわからんが、先ずは普通に港を使えるよう壊れた船の撤去をお願いしに行く話しかなかったわ」
「そやろうな。電気もいつ復旧するかわからない状況やし」

商業用に漁が復活するのはまだ先のようだ。
「そうや、この後久しぶりに漁にでっか。ナオ達も来てくれたしな。今晩も小学校でバーベーキューや!」
「えっ、いいですよ。そんな無理しないでください」
「いんや無理していない。多分しばらく誰も漁でとらんし、きっと豊漁じゃ。それより酒は持ってきてくれたか?」
「はい。金沢の菊姫を、一升瓶10本ほど」
「じゃ、決まりじゃ」
「おじいちゃんが、呑むのに酒の肴が欲しいだけやな」
はるき君がそういうとみんな笑った。
「そのとおりやわ、隆太、準備せいや」
「相変わらずせっかちやな」

お義父さんと隆太さんは自転車で10分ほどの飯田港へ向かった。
僕と清恵さん、はるき君、ともき君は残って家の後片付けをしているとあっという間に夕方になった。
電気が使えないと1日が早く過ぎると実感する。
停電した被災地では昔の人のように、日が出ている間に働いて、日が暮れたら休むしかない。
長時間の停電を初めて経験し、人間も自然世界に生かされている単なる動物の一つなんだな、と思わされた。
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