第66話 3月16日。おちょうしスリー。

文字数 2,410文字

3月20日に閉所になることが決まった上戸小学校の避難所。
実際の閉所式よりも少し早いが、3月16日に僕たちによる即席の閉所式を行わさせて貰えないかと、事前に町会長さんに連絡し了承を得た。

僕たちらしい明るい閉所式にすべく、珠洲の被災地支援を始めた当初から参加してくれたみんなに声をかけた。
避難所で色々な国の料理を振る舞ってくれたアジアン料理の福森さん。
最多支援回数のマッサージ師の柳さん。
被災した現地の床屋が再開され、しばらく支援を離れていた美容師の大花君。
すっかり珠洲に溶け込み人気者となった、芸達者なミュージシャン、スイートTAKUさん。
そして僕が勤めている設計事務所の所長や美久ちゃんなど、今回は車2台に分乗して珠洲に向かった。

毎回能登に通うため通行している「のと里山街道」は、ちょうど前日3月15日に、金沢から奥能登方面へ向かう全線で通行が可能となった。
最後に開通した「越の原インターチェンジと穴水インターチェンジ」の区間は、道路のいたる所で激しく損傷を受けている。
何とか車が通れるよう、随所で応急的な復旧工事が施された。
車の運行速度は抑える必要はあるが、これで金沢から珠洲までの道のりは大幅に改善されることになる。
反対方向の珠洲から金沢までの区間が開通するのは夏頃の見込みらしいが、片道の区間だけでも大きな前進だ。
金沢から珠洲までの車の移動時間は、3時間弱に短縮された。
震災前までは休憩を入れて2時間半程度だったので、さほど変わらない時間となった。

珠洲に着くと先ずは天馬さん達が住む、山の中の集落に向かう。
途中の山道を塞いでいた土砂や倒木はほとんどが撤去され、集落まで直接車で行くことが可能となっている。
閉所式に参加いただくため、天馬さんの集落の方達をライトバンに乗せて、上戸小学校に到着した。
小学校の校庭では仮設住宅の工事が急ピッチで進んでいる。
天馬さん達が避難所となる体育館を訪れると、多くの人たちと発災以来の再会となって、みなさん嬉しそうだ。

夕方から行われる僕たち独自の閉所式に向けて、福森さんや清恵さん、お義母さんによる温かい食事の準備や、美久ちゃんの生け花による会場セッティングなどが進められた。
柳さんのマッサージも相変わらず好評だ。
料理のいい香りが体育館に漂い始めた頃、避難所の近くのご近所の方も次第に体育館に集まってきた。

「どーもー『おちょうしスリー』です!今日は僕ちゃんたちのデビューライブにきていただきありがとう!!」
料理やお酒を振る舞ったあと、閉所式を兼ねたミニライブはスイートTAKUさんの挨拶で始まった。
『おちょうしスリー』
以前のミニライブの途中にステージ上で、全編アドリブのミニ漫才を自然に始めた、スイーツTAKUさん、三月家のお義父さん、所長の3人。
その3人の姿を見て、三月家のお義母さんが呆れて「ほんま、あんたらお調子もんトリオやね」と言った。
3人は何故かその『お調子もんトリオ』というキーワードを非常に気に入ってしまい、今回勝手に『おちょうしスリー』というバンドを結成している。

ギター&ボーカルのスイートTAKUさんの左脇には、上戸キリコ祭りで使っていた笛を鳴らす三月家お義父さん。笛は子どもの頃から祭りで鍛えられており、かなりの腕前だ。
右脇には同じくキリコ祭りで使う太鼓をお借りした、ドラム経験者の所長。
揃いの衣装は無いが、3人とも昭和の酔っ払いサラリーマンのように、ネクタイを鉢巻のように頭に巻いている。
まさにお調子者だ。

事前の練習もなく、TAKUさんの演奏に両脇の2人はアドリブで音を奏でている。
当然音程を外すシーンが散見されたが、思ったよりいい感じのトリオの演奏となっていた。
特にTAKUさんの地元石巻の民謡など、昔からの日本の曲には、もの悲しげな笛の音と太鼓の音色が絶妙にマッチした。

いつもながら不思議に思うが、それなりに会場は盛り上がり、ミニライブは進んだ。
まぁどちらかというと演奏よりも、曲と曲の間に次第に酔っ払っていく、3人の掛け合い漫才のほうが盛り上がっているかもしれない。
お酒も入っていつもより笑い上戸になっている美久ちゃんも、3人の掛け合いに涙を流して笑っていた。

ミニライブも進み「では本日最後の曲となります。『NO WOMAN NO CRY』」。
TAKUさんがイントロを奏で、3人の演奏が始まった。
ここの避難所ライブで定番となった曲で盛大に盛り上がる。
演奏が終わると、お約束の「アンコール」が会場から沸き起こった。

「ありがとうございます!ただ1つ悲しいお知らせがあります。
僕ちゃん達『おちょうしスリー』ですが、今日で解散となります!」
どっと笑いが起こった。
「デ、デビューコンサートで、か、かいさんやって」
横で美久ちゃんも腹を抱えて笑っている。

「けど、心配はいりません。僕ちゃん達は皆さんが呼んでくれればいつでもココ珠洲に駆けつけます。
そして『おちょうしスリー』は解散となりますが、新メンバーを加えて『おちょうしフォー!』として再出発します!!」
おー!と歓声があがった。

嫌な予感しかしない。

「それでは新メンバーを紹介します。お調子ナオ!ステージに上がってください!」
いつの間にか僕の横に居た所長に、素早く頭にネクタイを巻かれ、お義父さんには右手に鉦(しょう)という、円形の皿の形をした金属製の打楽器を渡された。
これも上戸キリコ祭りで使われている打楽器で、珠洲の静かな夜に深く響くような、寂しげな音色が印象的な打楽器だ。
そのまま所長とお義父さんにステージに連行される。

ステージの上からは、腹を抱えて笑い転げている美久ちゃんの姿が目に入った。
「では本日最後の曲で、『おちょうしフォー!』のデビュー曲です。
よかったらサビの部分をみんなで歌ってください『満月の夕』。
お義父さんの哀愁漂う笛の音でイントロが奏でられ、僕はヤケクソ気味に適当なタイミングで鉦をかき鳴らした。
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