第22話 1月3日。金沢で。

文字数 992文字

「ただいま!」
車の中でぐっすり寝ていたせいか、まだまだ元気な聡が家の扉を開けた。
僕の父母と三月家の3人が出迎えてくれた。

「春香は風邪でした。インフルエンザやコロナの検査も陰性でしたので、熱冷ましの頓服飲ませて様子見ることになりました」
みんなの視線が春香に集中したのを見てレイちゃんが答えてくれた。

リビングに向かうといい香りが漂ってきた。
テーブルには暖かいご馳走が並んでいる。
「レイちゃんごめんね。勝手に台所と食器使わせて貰っちゃった。お口に合うかわからんけど食べてみて」
湯気が立つ暖かい食事が目の前に並ぶ光景がなんだか信じられない。
台所には実家で見慣れた鍋やタッパが置かれていた。
「ありがとうございます」
レイちゃんが涙を流してお礼を言った。

「家からお客用の布団も持って来といたぞ」
「お風呂も沸かしておいたから、ご飯が終わったら順番に入って」
「ありがとう」
親のありがたみが身に染みる。

「じゃ、私達は帰るね。なんでも手伝うし遠慮なく言ってね」
「はい」
母がレイちゃんの手を握った。
レイちゃんも涙を拭いて手を握り返した。

父母を見送るためにみんなで表に出る。
父が車のエンジンをかけた。
運転席の窓が下がった。
「ナオ、頑張ったな。みんな無事に帰ってこれて偉かったぞ」

その言葉に我慢していた僕の涙腺は崩壊した。
40前の男が人前で泣くのは恥ずかしいが、溢れる涙を止めることができなかった。

***
みんなで暖かいご飯を食べた。
今は3日20時。
朝6時に珠洲を出て13時間かけて金沢に辿り着き、ようやく人心地ついた。

元旦の16時の発災より2日と4時間。
この52時間でいろんなことがありすぎた。

美味しいね、と言ってみんなでご飯を食べている。
ただ珠洲に残った3人や避難所の皆さんのことを考えると心からは喜べなかった。
七尾市でトイレをお借りしたおばあちゃんも暖かいご飯を食べられたであろうか。

テレビを付けると今回の能登半島地震の凄まじさを見せつけられた。
スマホの小さい画面では現実感が薄かったが、今日実際に見てきた風景も重なってよりリアルな災害として認識させられた。

食後みんなで順番にお風呂に入る。
僕は聡と一緒に一番最初に入らせて貰った。
温かい湯船に浸かると涙が出そうになる。
すべての日常に対して感謝が溢れ出す。

聡を洗って風呂を上がり、暖かい部屋のベッドに聡と入る。
意識を失うようにすぐに泥のような深い眠りに落ちた。
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