第40話 1月14日。限界集落。

文字数 2,207文字

「全部で20軒ほどの集落かな」
先頭を歩いていた柳さんが、僕たちを振り返って声をかけた。
パッと見た感じ、家屋の全倒壊は3軒、半倒壊は5軒ほど。
残りは外見からは、問題なさそうには見える。
古い建物ばかりで、長い間空き家となっている家も多そうだ。

電気も点いておらず、辺りには雪も残り無音の世界のように感じる。
金沢の家で事前に印刷した地図を元に、隆太さんの友人のお宅を探す。
「地図からすると、、、ここかな?」
表札を見ると「天馬」と書かれている。
ここが、自主避難所となっているお家のようだ。

「ごめんください」
玄関には鍵がかかっていなかったので、玄関を開けて声をかけた。
三月家もそうだが、ご近所の繋がりが深い珠洲ではいまだ鍵をかけない家が多い。
普段は不審なよそ者がいるとすぐ誰かが気づくからだ。
震災が発生した今となっては不届きな泥棒が往来していることもあり、珠洲市街のお宅ではみな警戒しているが、さすがにこの山奥の集落まではその手は及んでいない。

しばらくすると、60台後半の男性が奥からでてきた。
家の中だが服を着れるだけ重ね着している。
「僕は三月家の義理の息子で川井直といいます。少しですが支援物資を持ってきました」
「おおっ、三月さんとこの人か。となると、レイちゃんの旦那さんか。そーかそーか。よーきてくださった」
僕たちは支援物資を家の中と玄関の外に置かせて貰った。

「おい、婆さん、三月さんとこのレイちゃんの旦那さんが色々物資持ってきれくれたぞ」
しばらくすると足を引きずった女性がでてきた。
「あら、こんなに沢山。道が通れんし大変やったやろ。きのどくな」
「この集落には今は何人ぐらい住んでいますか?」
「地震の前は15人ばかし住んどったが、今はわしら夫婦を入れて6人や。今」
「珠洲の避難所や、金沢市の避難所や子供の家など、バラバラになってしもうた」
「そうですか、、、」
「今は比較的安全なうちに、みんな住んでいるんや」
茶の間を覗くと、4名のお年寄りの姿が見えた。

「この家プロパンガスが使えますか?」
料理人の福森さんが聞いた。
「使えるが、もう残り僅かでな。あまり勢いはよくないわ」
奥さんが応えた。
「わかりました。カセットコンロありますので、少し料理作らせていただきますね」
早速福森さんは台所を借りて、温かい料理を作り始めた。

美久ちゃんも奥さんに了解を取って、花を生け始める。
奥さんと奥から出てきた女性とで、楽しそうに会話しながら花を生けている。

スイートTAKUさんと僕は支援物資を仕分けした。
マッサージの柳さんは、茶の間にいる皆さんにマッサージを背術した。
福森さんは出来上がった料理を振る舞って、少し日持ちするような料理をタッパに入れてお渡しした。

上戸の避難所と同様にここでもそれらは非常に喜ばれた。
一息ついた頃、天馬さん夫婦に食後のお茶を飲みながら話をした。
「もし天馬さんたちがよければ、上戸の避難所に来てはどうかと三月隆太さんがおっしゃられてました。
上戸の避難所なら電気は通っていますし、水が無くなったら給水車もすぐ来てくれます。
料理も毎食ではないですが、ボランティアの方が作ってくれています。
元旦よりは随分、住みやすくなっています。どうでしょうか?」

正直ここの暮らしは、元旦の状況とほとんど変わっていないように思える。
断水しているのは珠洲どこでも同じだが、電気があるとないとでは生活の質が大きく異なる。
ここまで支援物資が届いたのはまだ3回だけだという。
既にあの時から2週間も経過しているのに。

天馬さんはしばらく考えているようだった。
「あんがとな。嬉しいわ。」
うんうん、と何度も頷いた。
「だが、ワシなんか生まれた時からこの集落で暮らしとる。
崩れてしまったが、近くには田んぼも畑もあるがや。
春に向けて田んぼの水路の泥揚げもせなあかん。
それらを置いて、出ていく気にはなれんのや。」
三月のお義父さんと同じようなことを天馬さんも言われた。

「しかし、しばらくの間だけ、せめて道が復旧するまでは上戸の避難所に居てはどうでしょうか。奥さんも足が悪いようですし」
「それも考えた。が、この集落でも避難所で暮らしたが、落ち着かんくて戻って来た人もおる。
どんなに不自由でも、暮らせる限りはこの集落で暮らしたいんじゃ。
幸い家も何とか住める。
金沢におる息子もしばらく着ていいとは言ってくれて有り難いんじゃが、この年になって色々人に気を使って生活するくらいなら、此処におると決めたんや」
そう語る天馬さんの瞳に強い意志を感じた。

「わかりました。では僕たちは来週もここに来ます。必要なものが在ったら言ってください」
「それは有り難い。とりあえず酒も無くなってきたので、日本酒あるかの」
「あるぞ!少しだけど。残しておいてよかった。」
スイートTAKUさんが、リュックから720ミリの「菊姫」を取り出した。
「少しだけやけど、どうぞ」
とTAKUさんは天馬さんに日本酒を渡した。
「あんがとな」
天満さんは笑顔で受け取った。
「来週はもっと持ってくるわ」
TAKUさんも笑顔で返した。

それから集落の人たちに欲しいものを聞いてメモに取り、僕たちは集落を後にした。
本当は集落の人たちと一緒に上戸の避難所に戻れたらと思っていたが、それは叶わなかった。
みんな強い意志を持って、集落に残ると決めた人たちばかりだ。

そうとわかれば、その人たちを全力で支援するのが僕たちの役目だと強く胸に刻み込んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み