第36話 1月13日。彩り。

文字数 1,772文字

避難所に着くと町会長さんに挨拶してから、みんながそれぞれに作業を開始した。

僕とスイーツTAKUさんは、支援物資の配給。
マッサージ師の柳さんは、体育館のマットの上に持参のマットを広げ、簡単な囲いを作って即席のマッサージルームを設置。
美久ちゃんは持ってきた花瓶とお花で、先ずは体育館の入口のところに花を生け始める。
料理人の福森さんと清恵さんは給食室にて、炊き出しの準備を行った。

支援物資は事前に三月家の人に現在避難所に不足している物を中心に持ってきたため、どれも喜ばれた。
避難所の環境はちょっとづつではあるが、確実に改善が進んでいる。
電気が灯り、仮設トイレが増設され、お風呂も自衛隊の入浴施設で交代で入れたという。
給水車も頻繁にくるようになって、飲み水や最低限の水の心配は無くなってきた。
6日に来たときと同様に、食べるものは贅沢を言わなければ満たされている。
加えて炊き出しも始まって、時々は手作りされた暖かい食事を口にすることができるようになった。

ただまだ日常と言うには程遠い。
避難所の方は発災直後は想定以上の大災害で茫然自失だったが、その後は生き残った高揚感などもあり、お互いを励まし合って生きていこうとする、人間本来が持つ生命力が感じられた。
しかしそんな避難生活も長く続くと、心身とも段々疲労していく様子が伺われた。

美久ちゃんが花を生けていると、周りに女性が集まってきた。
みんな楽しそうに花について語っているようだ。
珠洲でも昔ながらの家は、自分の家の畑で農作物や花を育てている人がほとんどだ。
農作物や魚を交換して、自分たちの中で食を完結する文化が根づいている。
それと同様にお花も大切に思っている人が多い。

珠洲市の花木に指定されているのが、市内各所で見られる藪椿(ヤブツバキ)だ。
毎年、花の少ない冬季に鮮やかな紅色の花を木いっぱいにつける。
震災にあった現在も崩れた垣根の合間から、紅色の花を見ることができた。
花を生けて避難所を盛り上げたいという気持ちで美久ちゃんは来てくれたが、お花についての会話でも避難所を盛り上げてくれていた。

マッサージ師の柳さんのマッサージルームも盛況のようだ。
最初は皆さん遠慮しているのか、遠巻きに見ているだけだったが、一人二人とマッサージしている内に、マッサージの希望者が段々増えてきた。

一休みしている柳さんに聞くと、今日の雪のように天候が悪いと外出する機会も減って、運動が不足している高齢者がほとんどだという。
加えてエコノミークラス症候群になりかけの人もいるとのこと。
柳さんのマッサージによって凝り固まった筋肉がほぐれていくと、暗かった表情の方も皆さん笑顔になっていき、柳さんもやりがいを感じているようだ。
休憩もそこそこに柳さんはマッサージに戻っていく。

給食室からいい香りが漂ってきた。
福森さんと清恵さんを中心にお手伝いの方も居て、料理の準備が進んでいる。
三月家からの情報で避難所の炊き出しは、どうしても大人数の料理が必要となるため、カレーなどの大鍋料理が中心だという。
勿論温かい料理が食べられるだけで、喜ばしいことだがたまには違った料理も食べたいというリクエストがあった。

金沢駅の近くでアジアン料理店を営む福森さんと考えて、現在大量のガパオライスを調理中。
タイ料理であるガパオライスは、ナンプラーをベースに味付けされている。
ナンプラーとはタイの代表的な調味料で、カタクチイワシを塩に漬け込んで、発酵熟成させた魚醤。
「いしる」と作り方はほぼ同じだ。
「いしる」は奥能登で作られる魚醤でイワシを塩漬けにしたものだ。
ナンプラーのほうが少し独特の香りがあるが、それがアジアの雰囲気を感じさせてくれる。
野菜が食べたいというリクエストを踏まえ、パプリカがたっぷりと投入された。

出来上がったガパオライスを避難された方たちに振る舞うと、
「ハイカラや、こんなん食べたことないわ。」
と皆さん喜んでくれた。

高齢者が多いので、それに合わせて福森さんは味付けしてくれたのもよかったようだ。
少しだけアジアな気分を感じてくれたようで、金沢でずっと準備をしてくれていた福森さんや清恵さんも嬉しそう。

各所に生けられた花や、ガパオライスのカラフルなパプリカ。
マッサージによる皆さんの笑顔など、モノトーンのようだった避難所の景色に彩りが加えられた気がした。
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