第19話 1月3日。穴水、七尾。

文字数 1,612文字

2時間ほど山道を迂回して、輪島市、門前経由で奥能登の入口となる穴水町に辿り着いた。
通常、のと里山海道であれば30分にも満たない距離だ。
車内に疲労感が漂う。
レイちゃんが運転を変わってくれて、僕も少しだけ休むことができた。

今までは民家の少ない山道を走っていたが、穴水市街を車で走るとここも珠洲と同じく多くの民家が倒壊している。
道も細く、至るどころで片道通行を余儀なくされた。

テレビの報道では見ていたが、実際に多くの家が連なって倒壊しているのをこの目で見るのは初めてだ。
珠洲の三月家の近くも何軒かは倒壊していたが、穴水町の市街の光景にみな言葉を失った。
あまり報道されていない珠洲から離れた穴水市街地でもこんな状況なのか。
みんなあまり寝ていなくて疲れているはずだが、これらの光景を見ると目が冴えて寝れずにいた。

穴水市街を抜けると、七尾市の山間に入った。
道沿いには倒壊家屋が散見している。
渋滞の山道を抜けると、眼の前に海沿いの道が開けてきた。
普段であれば七尾湾を見渡せる和倉温泉に続く気持ちの良い道だが、今は大渋滞が続いている。

特に奥能登に向かう反対車線は遅々として全く進んでいない。
僕たちが走る金沢に向かう道も、渋滞ではあるが時折進むことは出来た。
どちらも片側一車線のため、途中に動けない車があったりすると渋滞に拍車がかかってしまっている。
ただ道の被害状況は、輪島や珠洲に比べるとだんだん被害は少なくなってきている。

大渋滞の中、車で外の景色を見ていると、七尾湾近くのご家庭からおばあちゃんがバケツで海の水を組んでいる光景を見た。
七尾市も断水が続いているので、トイレを流すのに海水を使っているのだろう。
聡がそのおばあちゃんと目があって、おばあちゃんが手を振ってくれた。
聡も楽しげに手を振り返す。

おばあちゃんは渋滞でほとんど進まない車のところまでやってきてくれて、聡に飴を一つくれた。
「どっからきたんかね」
「珠洲です。金沢に向かっています」
レイちゃんが答える。
「そっか大変やったがね。」
「あの、、、すみません。この辺りはトイレ使えませんよね」
「そうや。残念ながらどこも断水やわ」
「そうですか、、、大変ですね。ありがとうございます」
男性陣は外で何度かトイレをしたが、女性はなかなかそうもいかない。

「うちでトイレしてくかね。この通り海の水で流すんやが」
おばあちゃんはバケツを掲げた。
「、、、では、お言葉に甘えてトイレを借りさせてください」
「ええよ、ええよ困ったときはお互い様や。あそこの家やし」
おばあちゃんはすぐ近くの海沿いの家を指さした。

車をお宅の家の前の駐車場に停めさせていただいきトイレをお借りした。
先ずは清恵さん、レイちゃんにトイレを使っていただき、男性陣はバケツで何杯も海の水を組んできた。
本当に一回のトイレでこれだけの水が必要となるとは驚くばかりだ。
近代的な生活をおくるにあたっての水の大切さは途轍もないものだった。

次に男性陣がトイレを使わせて貰う。
小用は海ででもすればよいが、大はなかなかそういうわけにもいかないので助かった。

「本当に助かりました。ありがとうございます」
おばあちゃんは待っとれ、と言って奥から紙袋を取り出した。
中にはいっぱいのお菓子が入っている。
「いえ、受け取れません」
清恵さんが断ったが、おばあちゃんは聡の手に紙袋を渡した。
最後は根負けして受け取らせていただいた。

「困ったときはお互い様やがいね。いいがやいいがや」
「ありがとう!おばあちゃん!」
聡が元気にお礼をいったらおばあちゃんに頭を撫でて貰った。
「うちの孫も今朝早く金沢に帰ったわ。あんたらも気をつけて無事に帰りまっしね」
電気も水も使えない状況なのに、人を気遣う優しさに触れてみんなこころが暖かくなった。

ここまでで珠洲の三月家をでて8時間超。
お昼の14時を回っていた。
少しだけ心が軽くなって、渋滞の中、みんなでいただいたお菓子をいただきながら車を進めた。
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