第6話 1月1日。津波。

文字数 3,008文字

バシャーン!!

確かにこの音は津波が防波堤にぶつかっている音のようだ。
この世のものとは思えない不気味な轟音が地面の底から響いている。
玄関のブロック塀は倒れることなくなんとか揺れは落ち着いたようだ。
屋根からの瓦の落下に気をつけつつ、みんなで子供部屋から表に出る。

すぐに車でここから離れなければ。
無意識にポケットを探ると車のキーが入っっていた。
昼間、春香のおむつを取りに車に一度戻ったときに、ポケットに車キーを入れたままとなっていたようだ。

玄関から外を出ると、左斜め前のお宅は完全に倒壊し、倒壊した柱や瓦で完全に道路を塞いでいる。

右手の珠洲の市街地側を見ると、至るところで土煙が上っており、家が何件か倒壊しているが、途中までは進めそうだ。
「山だ!山側に逃げろ!!」
後ろから隆太さんが僕に言う。
「左は道が塞がっています!右は行けそうです!」
僕が答える。
数時間前に車を止めた、畑の横の舗装されていない地面はかなり隆起はしているが車は出せそうだ。

急いで運転席に座って前を向くと、玄関の横の三月家の車庫は完全に潰れている。
三月家の車はすぐには出せない。
今動かせる車はこの一台しかない。
スズキのソリオという小さな車だ。
「レイちゃん、チャイルドシートを外して!」
二人で手分けしてチャイルドシートを外し、畑に投げ捨てた。
「みんな、車に乗って!早く乗ってください!!」
助手席にレイちゃん、その膝の上に聡と春香を座らせる。
後部座席にお義父さん、お義母さん、清恵さん。
助手席と運転席の間の狭いスペースに、はるき君とともき君。

清恵さんは頭から血を流している。
タオルの結構な面積が血に染まっている。
手が震えてエンジンのボタンをなかなか押すことができない。
ようやくエンジンをかけることができた。

「早苗さん!!早苗ばーちゃん!!」
隆太さんは、車には乗らず、潰れた家に向かって叫んでいる。
「バカ、隆太はよう乗れ!!津波がきちょるぞ!!」
お義父さんが強引に隆太さんを車に引き込んだ瞬間に僕は車を出した。
「すまん、早苗さん!すぐ助けにくるわ」
隆太さんは窓を開けて後ろに向かって叫んでいる。
5人乗りの車に、大人6人と、もう大人の体格の中学生2人と子供2人が乗っている。

どれだけアクセルをベタブミしてもスピードが出ない。
1200CCしかないエンジンが悲鳴を上げている。
「急げ!ナオ。津波が防波堤を超えたぞ!!」
バックミラー越しに黒い壁のような津波が、防波堤を超えて流れ込むのが一瞬見えた。
ゴゴゴと嫌な音がだんだん近くに聞こえる。

「これ以上スピードがでません!あっ!?」
山に向かう細い道が住宅の倒壊で塞がれている。
「右だ!右の道に行け!」
隆太さんの指示通り、右にハンドルを切ると車一台がやっと通れる細い道に入った。
すぐ横には用水があり、小さな車でもギリギリだ。
初めて通る道だが何とか通れた。

「津波だ!津波がきちょるぞー!!山に逃げろ!!!」
車の窓を開け、お義父さんと隆太さんは、あらん限りの声を張り上げ、車の中から辺りに叫んでいる。

何人か走って山側に逃げる姿も見えてはいるが、もうこれ以上この車に人は載せられない、
突然春香が火が着いたように泣き始めた。

「おい、見ろ!」
お義父さんが隆太さんに声をかけた。
その方向を見ると、年老いた老夫婦がおり、旦那さんの方が全壊した家屋の柱に足を挟まれている。
「ナオ!車を止めろ!!」
隆太さんが叫び、僕は車を止めた。

お義父さんは婦人だけを車の中に押し込み、自分と隆太さんで男性の救出を試みる。
「ナオ!車を出せ!」
「そんなお義父さんたちは!?」
「いいから出せ!お前は金沢の人間だ。ここで死ぬな!俺の子供たちを頼んだぞ!!」
隆太さんもそう叫び、車後部のバンパーを蹴飛ばした。

逡巡する時間もない。
「すみません!」
僕はそう言い車のアクセルを再び踏み込んだ。
バックミラー越しに、お義父さんと隆太さんが倒れた柱を持ち上げようとしている。
結果は見れないまま、その光景は段々と小さくなっていった。
海鳴りが地鳴りかわからない轟音があたりに響き続けている。

***
障害物を回避し何とか珠洲道路に到着したが、大きい道が道の真ん中で「真っ二つ」に割れている。
至るところでマンホールが筒状に隆起しており、車の底に擦ってしまい、ゆっくりにしか車が進めない。
電柱が傾き、いたるところで電線が垂れ下がる。
都度車でゆっくり回避する。
多岐にわたる障害物を回避しながらようやく少し小高い場所にたどり着いた。
山側は山側で多くで土砂崩れが起こっており、これ以上先には進むのは危険だ。
古い家は軒並み全壊か大きく傾いている。

前も後ろも、右も左も地獄絵図のようなあまりの光景に誰もが言葉を失っていた。
爆撃を受けた市街地の光景のようだ。
海側を振り返ると幸い津波は見える範囲までは来ていない。
だが海から離れた場所だが、波がコンクリートを破壊しているような恐ろしい破壊音が地響きのように響き続けている。

車のナビのワンセグでは津波が発生し、海から離れるようにとアナウンサーの絶叫が繰り返し流れている。
時折スマホから緊急地震速報が一斉に鳴り響き、みんなが体を固くする。
恐ろしい。
恐ろしい、がここまでくれば、ひとまず命は助かったような感触がある。
が、お義父さんや隆太さんは大丈夫だろうか。

海は黒い塊のような津波が続いているが、津波の高さはピークを越したようだ。
車を一旦止めた。
腰が抜けていて車のシートから立てない。
いつもは冷静なレイちゃんが震えながら2人の子供を抱きしめている。
はるき君は気丈にも、お母さんの清恵さんの血の溢れたタオルを抑えている。
ともき君は俯いて、泣いている。

お義母さんは車を降りて歩いて高台まで登りあたりの様子を伺っている。
落ち着きを取り戻したレイちゃんは海を睨みつけ、スマホで電話して消防や病院に繰り返し電話している。
が電話は一切繋がらないようだ。

「どこもこんな状態みたい」
高い台に登っていたお義母さんが戻ってきた。
「道はどこもまともに通れん。上戸は比較的津波は大丈夫かもしれないけど、宝生や鵜飼の方は酷いかもしれん。」
青ざめた表情でお義母さんは続けた。
「一旦上戸小学校に行こう。あそこは海には近いが4階まであり、避難場所用に耐久工事が終わっている。あそこが一番安全かも。清恵さんの手当もできるかもしれんし。」
お義父さん隆太さん不在で清恵さんも怪我をしている今、気丈にもお義母さんが次の道を決めている。

残念ながら土地勘のあまりない僕には判断できない。
レイちゃんもお義母さんの言葉に頷いた。
「清恵さんの怪我はどう?」
「まぶたの上を切っているけど、傷はそんなに深くなさそう。このまま血が止まってくれたら大丈夫だが、止まらなければ縫わんといかんかも」
清恵さんの傷口を見たレイちゃんが答える。
「病院か。。。今どうなっているかな」
お義母さんが心配そうに答えた。

結婚前、入院していたレイちゃんのお婆ちゃんをお見舞いに行った珠洲総合病院。
その時出来たばかりの珠洲図書館前にあった大きな病院。
大きいが結構年月を感じる建物だった。
そこに病人が次々と担ぎ込まれているのは間違いないだろう。
もしかしたら病院自体が倒壊している可能性もあり得る。

みんなが呆然と動けなくなっている。
「では上戸小学校に行きましょう。お義父さん達もいるかもしれないですし」
僕は空元気で大きな声で言って、車を再び進めた。
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