第33話 1月8日。ただいま。

文字数 2,358文字

「ただいま」
「おかえりなさい!!」
自宅の玄関を開けると、聡と春香が元気よくお出迎えしてくれた。
「おかえりお兄ちゃん!」
聡は、はるき君たちに抱きついた。
いつもは僕に抱きついてきていたのだが、最近子供たちはいつも遊んでくれている、はるき君やともき君にすっかり懐いていて、僕はその座を奪われてしまった。
ちょっぴりジェラシー。

「おかえりなさい」
ごはんの準備をしていたレイちゃんがエプロン姿で出迎えてくれた。
「ただいま」
「朝6時に珠洲を出たんだっけ」
「そう、今回は7時間で帰って来れました」
玄関脇のクロック時計を見ると、ちょうど午後1時を少し回ったところだ。
3日の日は13時間かかって帰ってきたので、それに比べると約半分の時間で金沢までたどり着くことができた。
道路の修復が日々進んでいるのを、実感することができた。

「子ども達と私はもうお昼ごはん食べちゃった。お昼牛丼。すぐ食べる?」
「ありがとう。お腹空いています」
帰ってきたみんなでご飯を食べた。
聡と春香はお兄ちゃん達に遊んで貰いたくて、そわそわしている。
はるき君、ともき君は牛丼をおかわりして食べ終えると、うちの子供たちと遊んでくれた。

大人3人の僕とレイちゃんと清恵さんは食後のお茶をいただいた。
「珠洲の様子はどうだった?」
レイちゃんが聞いてきた。
「仮設トイレがあったり、自衛隊に寄る給水が始まったり、支援物資で最低限の食料は届いていたけど、基本断水、停電で僕たちが居た頃とあまり変わりなかった」
「そっか、テレビでも支援物資が届かないって報道されていたしね」
「うん、けどまだ上戸や飯田の珠洲市街地の避難所は恵まれている方だと町会長さん言ってました。珠洲でも外浦の輪島寄りの大谷町とか、山間部の避難所にはまだ支援物資がほとんど届いていないんだって」
「んー、、、道路が通れないと孤立しちゃって、届けようがないのね」
「そうみたいです。自衛隊のヘリコプターで少しづつ物資を届けているって言ってました。」
それからしばらくレイちゃんはニュースや新聞で見た奥能登の情報を教えてくれた。

珠洲にいると停電でテキストベースの情報しか入ってこない。
ニュース動画やワンセグはスマホの電力の消費が激しくずっと使い続けるのは難しい。
市役所近くの飯田町の避難所では、災害対策のWi-fiや充電ができるようになったとの情報もあったが、まだ珠洲市全体にはいき渡っていない。
断水も大変だが、停電も同じぐらい人々の暮らしに影響を及ぼしている。

「お父さんたちは無茶していなかった?」
「皆さん元気でした。隆太さんは自分で屋根に登ってブルーシート敷いたりしていましたけど、お義父さんはちょうど飯田漁協に行っていて不在でした」
「それはよかった」
「私もお義父さんにもう年だから危ないことはしないで欲しいんだけど、目を話すとあっという間に危ないことしているのよね」
清恵さんはため息を着いた。
「すみません、いつも心配かけて」
レイちゃんが謝った。
「本当は昨晩と今朝で雪も降ったし、今回はみんなで帰ってきたかったけど、無理でした」
「まぁそうなると思っていたけどね。三人とも頑固だし」
「避難所の運営もお年寄りが中心になってしまっていて、少し心配です」
「お兄ちゃんとお母さんがいてくれるので避難所も大丈夫でしょう」
「うん、ただ長期化するとうちの人は大丈夫だとしても、お義父さんとお義母さんは少し心配」
清恵さんが不安そうに言った。
「そうですね。体調が悪くなってきたら、迎えに行く必要がありますね」

今は一般人が金沢と能登を結ぶ交通手段は車しかない。
元々電車は穴水町までしか通っていない。
昔は珠洲まで電車が通っていたこともあったが、今では和倉温泉から穴水までは第三セクターの「のと鉄道」が引き継いでいる。
今は地震の影響で七尾市までもJRで行くことはできない。

のと里山空港も滑走路の被害が大きく、民間機の飛行は月末を予定しているとのことだった。
金沢と奥能登を結ぶバスも全路線復旧の見通しが全く経っていない。
奥能登へと続く数少ない道路は至るところで寸断され、片道通行の対応で何とか行けるという状況だ。

隣の部屋では子供たちがはるき君兄弟に遊んでもらって、楽しそうな笑い声が響いている。
7時間前の珠洲の光景とのあまりの落差。
どちらかの日常が夢みたいだ。

「僕の好きな押井守監督の『うる星やつら ビューティフル・ドリーマー』とい映画があるんです。主人公たちが『学園祭の前日』の一日を永遠と繰り返す、というSFなんですけど、今回珠洲に行ってみて、その映画を思い出したんです。避難所にいる方は、ほぼ変わらない大変な毎日を繰り返しているような気がして」
「そうね。私もそんな感じがした。隆太さん達は家の修理など少しづつ前向きなことをできたお陰で前に進んだ感じになってきているけど、避難所にいるご近所のお年寄りは倒壊した家にも戻れず、ずっと避難所の中で同じ日々を繰り返しているような。」
清恵さんは遠く離れた珠洲の光景を思い返している。
「そういう意味では、隆太さんやお義父さんが海で魚採ってきてくれて、校庭でご飯食べた時、本当に近所の皆さん喜んでくれていましたもんね」
「次行くことがあったら、いろんな食材買っていってふる舞いたいわ」
「いいですね!そういった支援もあるかもしれません。僕たちのできることは小さいかもしれませんけれど、上戸の避難所だけでもサポートしていきましょう」

それから今度珠洲に行くときにどうすればいいかなど、みんなで話し合った。
ようやく少しだけ気分が前向きになれた気がする。
まだまだ大変だけど、僕たちは僕たちでできることをやっていきたい。
3連休の最終日。
どんよりとした北陸特有の重い冬空の雲の隙間から、僅かながらも希望の光が見え始めた気になった。
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