第53話 2月1日。ひと月。

文字数 1,375文字

1月1日の能登半島地震から、ひと月が経った。

珠洲の市街地では電気が復旧し、物資も潤沢に支給されるようになった。
炊き出しボランティアや避難民の協力で、温かい食事も食べられるようになった。
珠洲市内の主要な道路は通れるようになり、のと里山海道も急ピッチで復旧工事が行われている。
お風呂は自衛隊が設営してくれたり、近所の銭湯が日にち限定で再開してくれたおかげで、まだまだ頻度は少ないが入れるようになった。
洗濯は井戸水を用いた地元の有志の提供や、洗濯機能を備えた車による簡易のコインランドリー、そして金沢などのクリーニング店の協力に寄る、遠隔地の洗濯物の配送などで少しづつ洗濯できるようになっている。
ガソリンスタンドは時間限定でオープンし、現在ではガソリン不足は解消されている。
数少ないコンビニはまだ閉店したままだが、ドラッグストアやスーパーが何軒か時間限定で再開しはじめている。
仮設住宅の建設地が決まった。

これらが1月1日から、ひと月経って改善された点だ。
裏を返せばそれ以外は、ひと月経っても状況はあまり変わっていない。

上水道は復旧していない。
下水も多くで復旧しておらず、トイレは仮設トイレが中心。
水が無いので飲食店は再開の目処が立たない。
避難所ではプライバシーがほとんどなく、発災当時とほとんど変わらない状況が続いている。
子どもたちの授業再開に向けて、幾つかの学校の避難所は変更となり、より不便になっている地域も出始めた。
住居に対しては、徐々に判定士による「被災建築物応急危険度判定」が行われ始めた。
被災建築物応急危険度判定とは、地震の被災地で住宅などの安全性を調べ、建物の倒壊や建材の落下といった二次被害から人命を守るための応急的な調査だ。
判定された家の前にはわかりやすいように危険度に応じて「色紙」が貼られている。
危険度は「危険」(赤色)、「要注意」(黄色)、「調査済」(緑色)の3段階で判定される。

三月家には崩れた車庫は赤色、一部が倒壊したブロック塀は黄色。家屋自体には緑色の紙が貼られたという。
スピード優先で外から見ただけの簡易の判定だ。
実際の三月家は土台の亀裂と、亀裂の上の建屋に隙間があり、次に大きな地震があった場合にどうなるのか不安な面が大きい。
家屋に貼られる紙は、要注意の黄色でもよいかと思うが、周りの被害の状況から相対的にみれば緑色なのかもしれない。
三月家の近所でも多くの家が赤色の危険の紙が貼られいる。

三月家のように何とか自宅に住めて、生活水も近所の方から井戸水を分けていただける環境というのは現在の珠洲では恵まれている環境だ。

自宅を修繕したくても、地元業者の人手が足りない。
そもそも地元に残っている人自体が少ない。
悪徳業者や修繕の詐欺や、不心得な火事場泥棒も散見される。
全壊の家はほとんどがそのままの状態で手つかずだ。
全壊した家を解体、撤去するにも、辺りに粉塵が飛ばないように大量の水がいるのだという。
また古い空き家では所有者が特定できなかったり、特定できても連絡がつかなかったりで撤去には時間が掛かるのがわかってきた。

被災者も市役所など公共サービスに関する方も、医者や復旧業者も県内外からの応援者もみんな疲労の色を深めている。
仮設住宅を含め、被災者が通常の生活を取り戻せるのはいつになるかまだ見通せないまま、区切りの一ヶ月となった。
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