第50話 1月28日。山の中で。

文字数 1,618文字

「ナオ君、昨日の動画見た?お父さんが酔っ払ってて本当に恥ずかしい。みっちり注意しといたわ」
レイちゃんが朝のおかゆを持ってきてくれた時に、僕にそう伝えてくれた。
僕は怖いのでまだ動画は見ていない。
すっかり体調は戻ったのだが、無理せず休んでいてね、とレイちゃんからも言われ、今日も丸一日大人しく休むことにした。

気分転換に活字でも読もうとしたが、文字がまだあまり頭に入ってこない。
本棚から自転車が題材のマンガ「サイクリーマン」を久々に取り出して読んだ。
僕とレイちゃんの共通の趣味はクロスバイクに乗って色んなところにサイクリングすることだ。
今は子供が小さいので、クロスバイクで出かける機会もめっきり減ってしまったが、暖かくなればまた設計事務所への通勤などにはクロスバイクを利用したい。
寝転がりながらのんびりマンガを読んでいると、スマホの通知音が鳴った。

「おはようございます。TAKUさんと、所長さんが二日酔いでなかなか起きれず、出発が遅れてます。」
呆れた絵柄のスタンプと一緒に柳さんから「珠洲支援」グループに投稿があった。
んとに、所長ったら。
それでも20分後には、「出発します」との投稿とともに、ライトバンを見送る三月家の人たちの写真が投稿された。
清恵さんも昨日から珠洲に戻った。
珠洲に住む三月家の人は、お義父さん、お義母さん、隆太さん、清恵さん。
そして金沢の医王山スポーツセンターにはるき君と、ともき君という状況がこれから3月まで続く予定だ。

しばらくしてライトバンを運転する所長の写真も投稿されたが、明らかに顔色が悪い。
土気色で辛そうな顔をしている。
「金曜日の僕よりも顔色が悪いですね>所長」
と嫌味の投稿を行うと、柳さんから「所長さんが『面目ない』って言っていまーす」と笑いのスタンプと合わせて返信が届いた。

しばらくすると3回目となる天馬さんの集落に辿り着いたとの連絡があった。
前回設置した山の中の湧水を集落まで繋げたパイプは、途中何箇所か水漏れしたが、集落の人たちだけで修理して使えているという。
今回一番心配していた箇所なので安心した。
水もコンロで煮沸すれば飲食にも使えているという。

またこの集落にもようやく定期的に自衛隊の支援がはいるようになったとのことだった。
テレビの報道でも、完全に道が通れなくなった高齢者ばかりの孤立集落の住民は、ヘリコプターで安全な2次避難所に移送されている様子が報道されている。
ここは比較的珠洲の市街地からも近いので、天馬さん達集落の方は残る決断をしている。

通電ももう時期の見通しらしい。
各電力会社の人たちが珠洲や能登各地で懸命に行ってくれていて感謝しか無い。
ちゃんとした水道の復旧の目処は立っていないが、下水はもともとくみ取り式の浄化槽のためなんとかトレイも流せている。
生活物資も定期的に届くようになってきた。
生きていくだけなら、かなり危険度は下がったと柳さんは連絡してくれた。
今回は現地の参加はできなかったが料理人の福森さんが金沢であらかじめ作ってくれた日持ちする料理を、天馬さん達にお渡しして小1時間ほどで集落を後にした。

最後にもう一箇所、新たな山深い集落に立ち寄った。
隆太さんが知り合いから聞いたというその集落は人数が減り続け、震災前で既に2世帯しか住んで居なかった。
そして震災により1世帯は集落を離れ、現在は1世帯一人の高齢男性だけが住んでいるという集落だった。

訪ねて見ると、その男性は生活物資には感謝してくれたが、避難所で暮らす気にはならないという。
電気も水道も無い状況で心配だが、僕たちに無理やり避難所に退避させる権限も何もない。
また次に立ち寄ることを約束して、その集落を後にしたとのことだった。

僕ならこの状況下の中で、山の中に一人で住むのは耐えられないが、人の考えはそれぞれだ。
高齢であれば考えを変えて貰うのは難しい。
僕たちはあくまで避難者の方のお手伝いを行う立場であることを改めて思い知らされた。
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