第12話 「エピローグ1:鐘鳴る大地」

文字数 1,221文字

「あの、ナトさん」
「ん?」

 眼下の沼地を見下ろして、四人と一匹は崖を下る。
 スロープを滑らないように歩きながら、ヨルカはおずおずとナトに話しかけた。

「その……今更、ですけど……ごめんなさい」

 小さく、そう言った。

 オーハンスとアメリオは、少し離れた後方で何か他愛のないことを話している。
 それを確認して、ナトはヨルカを見た。
 ヨルカは上目遣いにナトの様子を伺いながら、続ける。

「あの時、止めて、しまって……」

 途切れ途切れに言葉を紡ぐヨルカ。
 言われて、ナトは思い出す。
 豚男の心臓に、ナイフを突き立てようとした時に響いた、ヨルカの叫び。

「……今ヨルカは、間違った事をしたって思ってる?」
「…………いえ」

 「なら」と、ナトはヨルカの頭に手を置いた。
 
「何をそんなに申し訳無さそうにする必要があるの?」
「……ここに来るときに、オーハンスさんに言われました。旅は自己責任だって。
 目的も違う、ただ付いてきてるだけの私が、私自身の価値観を、押し付けて。
 そんなの、自己責任の範囲を超えています……」

 目を伏せて、ヨルカはそう言った。
 少しの間を開けて、ナトは口を開いた。

「……ヨルカは、本当に付いてきてるだけ?」
「え?」

 その時。
 ヨルカの背後に、コツンと、何かが当たった。
 驚いて振り返ると、そこにはオーハンスに手綱を握られた、馬のような生物が頭部を擦り付けてきていた。

「わ、悪い。どうも、人懐こすぎて……」

 手綱を引いて操ろうとするも、馬のような生物は構わずにヨルカに頭を擦り付けてくる。
 ヨルカはくすぐったそうに目を細め、少しだけ笑ってその馬のように長い首を撫でた。

「これからも、大変そうだね」

 ナトがそう言うと、ヨルカは目を丸くしてそちらを向いた。

「これから、って……」

 少女が惚けるように呟く。
 彼らを、夕暮れの赤い太陽が照らし出す。

「さあ、行こう」

 少女の繋がれた小さな手は、黄昏れた庭園の様相と共に赤く染められていた。





 人々が住まう緑色の大地。その上に、霧に包まれているという謎の大地が存在した。
 決して顔を見せず、静かに佇む大地。
 彼らは、恐ろしいその場所について、様々な噂をした。

 曰く、魔王の手下が巣食っている。
 曰く、人の手に余る宝が、来客を待ち惚けている。

 だが、そのほとんどが、自らその真相を確かめようとしなかった。
 閉じ込められた檻の中で、空想に思いを馳せるだけ。

 そんな中から、飛び出してくる者がいた。

 彼らは、子供だった。
 そして、檻から出ると、すぐに大きく口を開けた怪物の口の中で、その少年少女たちは小さな足を踏み鳴らした。

 彼らは進む。
 魔王の箱庭、その奥を目指して。

 そこで待ち受ける、あらゆる危険と真実。
 人々はそれを、「ベルガーデン」と呼んだ。
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