第43話 「木々の嘆き」
文字数 4,199文字
巨大な森の根が地面を埋め尽くし、それに抱かれるように、廃れた遺跡が建っていた。
大きな柱に支えられた石の屋根を持つその遺跡は、四方に開けた柱の隙間に対する古布の仕切りなど手が加えられてあり、生活の跡が見受けられる。
淡いランプの光が漏れるその中からは、下卑た笑い声が森の中に漏れていた。
その仕切りの中は森の中よりも一層湿っていて、加えて鼻が腐りそうなほどの悪臭が充満していた。
酒、嘔吐物……不健康な男の放つ強烈な臭い。
――橙色に照らされて、その根源たる三人の男の影が揺れている。
地面に座り込んで何かを食んでいる男たち。
三人共一様に汚らしい格好をしていて、その目は暗く淀んでいた。
そして、その視線が向けられているのは、奥で拘束されている二人の少年少女だった。
「くそっ!」
「うぅっ……」
少女のような顔を歪ませて、オーハンスは後ろに手を縛られながら暴れている。
ヨルカは体をキツく締め付ける縄の痛みに耐えるように、目をつぶって息を吐いていた。
「……どうするよ」
「頭 に何も言わなくていいのか」
うち二人が、片目を潰した男に問う。
「かまわねぇさ。それか、上等な方を残しておきゃ、満足するべ」
「どっちにする? どっちもそれなりだが……」
「んああ……そりゃ」
隻眼 の男は気だるそうに立ち上がると、拘束された二人の元へと歩みを進めた。
ひたり、ひたりと裸足が石造りの遺跡の床を鳴らすたびに、二人はなにかおぞましい物が迫ってきているような感覚を覚える。
「それ、んじゃ……拝見っと」
男はまず、オーハンスの服を剥ぎ取った。
「やめっ――!」
剥ぎ取られたフードコートが地面に落ちる。
男がランプの光をかざすと、少女のような白い肌に刻まれた、凄惨な傷跡を照らし出した。
「おおっと、こりゃあ、また……」
「どうした……って、凄いな」
体中に残る、素肌のほうが少ないほどの傷跡を見て、男たちが口角を上げる。
「なんだよ、元々そっちの人間か。比べるまでもなかったな」
「そっち、って、なんだよ……」
男を睨みながら、オーハンスが言う。
「喋れたのか。ってことはアタラシアのやつか? ……まあこの際、関係ねぇか。
そっちってのはあれだよ、そんな傷を付けられる身分つったら、一つしかねぇだろ。奴隷だよ、奴隷」
そう言って男は、はだけた姿のオーハンスを蹴飛ばした。
みぞおちに深く入り、伸びた爪がオーハンスの肌を浅く突き刺さる。
そのままオーハンスは男二人の元へと転がり、激しく咳き込んだ。
そんな彼の姿を見て、涎 を垂らして男たちはその小さな少女のような姿を取り囲む。
残りの服を剥いで、中身を晒しだす。
「やめろっ! やめろって!」
「へへ、どうせ慣れっこだろ? ……もしかしてハツモノか? そりゃ大当たりだ!」
すべて取り払い、片手でオーハンスの首根っこを掴み持ち上げる。
苦しげな顔をして持ち上げられる裸のオーハンスを見て、男のうちの一人が怪訝気な声を上げた。
「おい、こいつ、付いてるぞ」
「ああん? ……いいべよ、使えるところはまだあるじゃねーか」
ぞっとした。
彼は今、自分がどのような状況にいるのか自覚してしまった。
これは、まさか。
「放してっ! オーハンスさんを放してっ!」
ヨルカが叫ぶ。
すると、それを見た隻眼の男が、腰からナイフを取り出して少女に突きつけた。
「っ!」
「横槍いれんなよ、萎えんだろ」
錆びてなお鋭いその先端を、少女の柔い肌に突き立てる。
「お前は綺麗なままにしとかにゃならん。だから、今は救われてんだ。
自分の立場、わかるべ? お友達が身代わりしてくれてんのに、あんまり無碍 にしてやんなよ」
ヨルカは一瞬、自分の腹の中を冷やすようなその先端を見て、言葉や様々なものが引っ込んでいくのを感じた。
しかし、彼女はそれに逆らうように、その額を隻眼の男の方へと突き返した。
白い肌に赤い筋が一本生まれる。
「し……してみなさい」
「ああん?」
「してみなさいって、そう言ったの!」
たった一つの目を向けて、男はヨルカを睨んだ。
そして――その首元を掴む。
「ああ……いいぜ、してやるよ」
「ぐ、うぅ」
苦しい。
血が滞って顔が赤くなるのを感じる。
瞑った目から溢れた涙が地面に落ちる音がした。
苦しみをかき分けるように、どうにか開いた瞼に写ったのは、ランプに照らされた古布の仕切りに映る、オーハンスが甚振 られる姿。
「いやっ、いやだぁぁ……」
「こいつ、いきなり女みたいに泣き出したぞ」
「中身まで女かよ、案外、いい具合かもしれんぞ」
そんな声が視界の外から聞こえてくる。
「や、め……」
「してやるって言ったべ? ……どうせ傷も付いちまったし、一つや二つ変わらんべ」
男がヨルカの服に手をかける。
暴れて抵抗する少女を――その腹をめがけて、硬い靴底で蹴りつけた。
「うぐっ!?」
臓器が縮み込み、這い上がってきた苦い体液が口から溢れた。
それを見て男はにやりと笑い――そして、力任せに引きちぎった。
「――っ!?」
「はぁはぁ、肩の傷だけか……へぇ、いいもん持ってんじゃねぇか」
顕 になった少女の上裸。
男が、泥や何かの汚れの乾いた手で、白磁のような少女の肌に触れた。
「ふ、ふぅっ……」
「随分と嫌そうな顔すんじゃねーか。まだこういう事知らねぇ年頃か? こいつぁいいや」
体を上から下に、舐め回すように這いずり回る男の手。
少女は、それから逃れるように体を捩 る。
「へへっ、もったいねぇな。ここはお前みたいな奴が来るところじゃあねぇ……それに、どうせお前、貴族だろ。
そんな中途半端なやつは、この大地は受け入れちゃくれねぇよ。もう、経験してんじゃねぇか? この世界の拒絶反応 をさ」
言われて、思い出す。
ここに来て、幾度となくした恐ろしい思いを。
「ははっ、思い当たる節はある、ってか。そうさ、この大地は腰抜けなんか求めちゃいねぇ。
意思の無い奴から、どんどん食われてく。生きてんのさ、この大地は。……俺たちの仲間もそうだった」
その時、悲鳴が上がった。
それはオーハンスの物だった。
「いやだっ、助けて、助けてっ!!」
「暴れんじゃねえ、よっと」
「おい、こいつもう大人しくさせたほうがいいんじゃねぇか」
ヨルカは目を見開いた。
彼が、見たこと無いほど、怯えた表情をしていたからだ。
涙が溢れ、少女のようなその顔を歪めて、なにか恐ろしいものに迫られでもしたかのように、異常なほどの抵抗を見せている。
いつもナトと共に計画を立てて、慎重に行動していた彼が。
普段と想像もつかないほど、この状況か、それとも――他のなにかに、怯えている。
「おら、大人しく寝てれば痛くしねぇって……言ってんだろっ!」
男がオーハンスの頬を殴った。
すると、ぴたりとオーハンスの声が止まり、ふるふると子犬のように震えだした。
それを見て、男はにやりと笑みを浮かべた。
「ほら、口開けろ」
「が、ぁ、はひお――っ!?」
無理やり開けられたオーハンスの口に、何かが放り込まれた。
そして、口を抑えられる。
「む、ぐううぅううぅううう!?」
目を白黒させて叫ぶオーハンス。
口元を開放されると、咳込みながら、血の混じった唾液と共に先の焦げた木の棒を吐き出した。
「おいおい何吐き出してんだ、汚えなあ」
「今度は……こっちだな」
ランプの炎から松明(たいまつ)に火をつけて、赤く燃えるそれを今度は背中に押し付ける。
「ひぐぅううううっ!?」
「女みてえな声出すじゃねえか」
「誘ってんじゃねえのか。ほら、そろそろ相手してやれよ」
恥辱と怯えに顔を歪め、流れ出した涙が床を濡らす。
男たちが迫る。
その手が、オーハンスに触れようとした、その時だった。
仕切りが開く音が聞こえた。
「ああ、頭 ぁ、丁度今……あ?」
何かが飛び込んでくる。
遺跡の中にいた面々は、一様にそれに目を向けた。
それは、縄の先に括り付けられた、枝付きの赤い木の実だった。
「なんだ、これ――」
隻眼の男が言い終わる前に。
その木の実が付いた木の枝が、すばやく引かれた縄により外された。
そして。
破裂音。
辺りに白い果肉が飛び散って、甘い匂いが充満する。
驚いて三人が目を背けた、それと同時。
思わず閉じてしまった瞼の後ろで、ヨルカは何か打撲音のような物を聞いた。
「おい、なんだ? って、んあ?」
首を絞める力が緩み、ヨルカは地面に落ちた。
そして、目を開けて、何が起きたのかを確認しようとして、
「――ぇ」
溢 れるように声が出た。
そこに立っていた、第三者。
荒い息を押し込めるように肩を上下させるその男は、揺れるような黒い雰囲気を纏っていた。
その眼は薄暗い遺跡の中で爛々として、その男たちを見つめる。
「な、ナトさん……?」
今まで見たことのない――強いて言うなら、沼の村の時に近い雰囲気のナトに、気圧されるようにヨルカがその名を呼ぶ。
傍らには、オーハンスを弄んでいた男の一人が、頭から血を流して倒れている。
彼の持つ剣の柄に、新鮮な血が付着していた。
「お前っ……じゃ、じゃあ、あいつはどうした!?」
「うるさい」
突き出される銅色の剣。
咄嗟にそれを掴もうとして、触れた手のひらの皮を巻き込みながら、その剣先が足に食い込んだ。
反対側から同色の切っ先が顔を出すと、溢れるように血が流れ出す。
「ぐふっ、ぁぁ!?」
ナトは剣を引き抜くと、足で蹲る男を転がして、その背骨を剣の腹で叩き折った。
「――っ!!」
声にならない悲鳴を上げて、男は泡を吹いて倒れた。
「二度と立つな、糞野郎」
何も言わなくなったその男を見て、ナトはそう冷たく言い放った。
大きな柱に支えられた石の屋根を持つその遺跡は、四方に開けた柱の隙間に対する古布の仕切りなど手が加えられてあり、生活の跡が見受けられる。
淡いランプの光が漏れるその中からは、下卑た笑い声が森の中に漏れていた。
その仕切りの中は森の中よりも一層湿っていて、加えて鼻が腐りそうなほどの悪臭が充満していた。
酒、嘔吐物……不健康な男の放つ強烈な臭い。
――橙色に照らされて、その根源たる三人の男の影が揺れている。
地面に座り込んで何かを食んでいる男たち。
三人共一様に汚らしい格好をしていて、その目は暗く淀んでいた。
そして、その視線が向けられているのは、奥で拘束されている二人の少年少女だった。
「くそっ!」
「うぅっ……」
少女のような顔を歪ませて、オーハンスは後ろに手を縛られながら暴れている。
ヨルカは体をキツく締め付ける縄の痛みに耐えるように、目をつぶって息を吐いていた。
「……どうするよ」
「
うち二人が、片目を潰した男に問う。
「かまわねぇさ。それか、上等な方を残しておきゃ、満足するべ」
「どっちにする? どっちもそれなりだが……」
「んああ……そりゃ」
ひたり、ひたりと裸足が石造りの遺跡の床を鳴らすたびに、二人はなにかおぞましい物が迫ってきているような感覚を覚える。
「それ、んじゃ……拝見っと」
男はまず、オーハンスの服を剥ぎ取った。
「やめっ――!」
剥ぎ取られたフードコートが地面に落ちる。
男がランプの光をかざすと、少女のような白い肌に刻まれた、凄惨な傷跡を照らし出した。
「おおっと、こりゃあ、また……」
「どうした……って、凄いな」
体中に残る、素肌のほうが少ないほどの傷跡を見て、男たちが口角を上げる。
「なんだよ、元々そっちの人間か。比べるまでもなかったな」
「そっち、って、なんだよ……」
男を睨みながら、オーハンスが言う。
「喋れたのか。ってことはアタラシアのやつか? ……まあこの際、関係ねぇか。
そっちってのはあれだよ、そんな傷を付けられる身分つったら、一つしかねぇだろ。奴隷だよ、奴隷」
そう言って男は、はだけた姿のオーハンスを蹴飛ばした。
みぞおちに深く入り、伸びた爪がオーハンスの肌を浅く突き刺さる。
そのままオーハンスは男二人の元へと転がり、激しく咳き込んだ。
そんな彼の姿を見て、
残りの服を剥いで、中身を晒しだす。
「やめろっ! やめろって!」
「へへ、どうせ慣れっこだろ? ……もしかしてハツモノか? そりゃ大当たりだ!」
すべて取り払い、片手でオーハンスの首根っこを掴み持ち上げる。
苦しげな顔をして持ち上げられる裸のオーハンスを見て、男のうちの一人が怪訝気な声を上げた。
「おい、こいつ、付いてるぞ」
「ああん? ……いいべよ、使えるところはまだあるじゃねーか」
ぞっとした。
彼は今、自分がどのような状況にいるのか自覚してしまった。
これは、まさか。
「放してっ! オーハンスさんを放してっ!」
ヨルカが叫ぶ。
すると、それを見た隻眼の男が、腰からナイフを取り出して少女に突きつけた。
「っ!」
「横槍いれんなよ、萎えんだろ」
錆びてなお鋭いその先端を、少女の柔い肌に突き立てる。
「お前は綺麗なままにしとかにゃならん。だから、今は救われてんだ。
自分の立場、わかるべ? お友達が身代わりしてくれてんのに、あんまり
ヨルカは一瞬、自分の腹の中を冷やすようなその先端を見て、言葉や様々なものが引っ込んでいくのを感じた。
しかし、彼女はそれに逆らうように、その額を隻眼の男の方へと突き返した。
白い肌に赤い筋が一本生まれる。
「し……してみなさい」
「ああん?」
「してみなさいって、そう言ったの!」
たった一つの目を向けて、男はヨルカを睨んだ。
そして――その首元を掴む。
「ああ……いいぜ、してやるよ」
「ぐ、うぅ」
苦しい。
血が滞って顔が赤くなるのを感じる。
瞑った目から溢れた涙が地面に落ちる音がした。
苦しみをかき分けるように、どうにか開いた瞼に写ったのは、ランプに照らされた古布の仕切りに映る、オーハンスが
「いやっ、いやだぁぁ……」
「こいつ、いきなり女みたいに泣き出したぞ」
「中身まで女かよ、案外、いい具合かもしれんぞ」
そんな声が視界の外から聞こえてくる。
「や、め……」
「してやるって言ったべ? ……どうせ傷も付いちまったし、一つや二つ変わらんべ」
男がヨルカの服に手をかける。
暴れて抵抗する少女を――その腹をめがけて、硬い靴底で蹴りつけた。
「うぐっ!?」
臓器が縮み込み、這い上がってきた苦い体液が口から溢れた。
それを見て男はにやりと笑い――そして、力任せに引きちぎった。
「――っ!?」
「はぁはぁ、肩の傷だけか……へぇ、いいもん持ってんじゃねぇか」
男が、泥や何かの汚れの乾いた手で、白磁のような少女の肌に触れた。
「ふ、ふぅっ……」
「随分と嫌そうな顔すんじゃねーか。まだこういう事知らねぇ年頃か? こいつぁいいや」
体を上から下に、舐め回すように這いずり回る男の手。
少女は、それから逃れるように体を
「へへっ、もったいねぇな。ここはお前みたいな奴が来るところじゃあねぇ……それに、どうせお前、貴族だろ。
そんな中途半端なやつは、この大地は受け入れちゃくれねぇよ。もう、経験してんじゃねぇか? この世界の
言われて、思い出す。
ここに来て、幾度となくした恐ろしい思いを。
「ははっ、思い当たる節はある、ってか。そうさ、この大地は腰抜けなんか求めちゃいねぇ。
意思の無い奴から、どんどん食われてく。生きてんのさ、この大地は。……俺たちの仲間もそうだった」
その時、悲鳴が上がった。
それはオーハンスの物だった。
「いやだっ、助けて、助けてっ!!」
「暴れんじゃねえ、よっと」
「おい、こいつもう大人しくさせたほうがいいんじゃねぇか」
ヨルカは目を見開いた。
彼が、見たこと無いほど、怯えた表情をしていたからだ。
涙が溢れ、少女のようなその顔を歪めて、なにか恐ろしいものに迫られでもしたかのように、異常なほどの抵抗を見せている。
いつもナトと共に計画を立てて、慎重に行動していた彼が。
普段と想像もつかないほど、この状況か、それとも――他のなにかに、怯えている。
「おら、大人しく寝てれば痛くしねぇって……言ってんだろっ!」
男がオーハンスの頬を殴った。
すると、ぴたりとオーハンスの声が止まり、ふるふると子犬のように震えだした。
それを見て、男はにやりと笑みを浮かべた。
「ほら、口開けろ」
「が、ぁ、はひお――っ!?」
無理やり開けられたオーハンスの口に、何かが放り込まれた。
そして、口を抑えられる。
「む、ぐううぅううぅううう!?」
目を白黒させて叫ぶオーハンス。
口元を開放されると、咳込みながら、血の混じった唾液と共に先の焦げた木の棒を吐き出した。
「おいおい何吐き出してんだ、汚えなあ」
「今度は……こっちだな」
ランプの炎から松明(たいまつ)に火をつけて、赤く燃えるそれを今度は背中に押し付ける。
「ひぐぅううううっ!?」
「女みてえな声出すじゃねえか」
「誘ってんじゃねえのか。ほら、そろそろ相手してやれよ」
恥辱と怯えに顔を歪め、流れ出した涙が床を濡らす。
男たちが迫る。
その手が、オーハンスに触れようとした、その時だった。
仕切りが開く音が聞こえた。
「ああ、
何かが飛び込んでくる。
遺跡の中にいた面々は、一様にそれに目を向けた。
それは、縄の先に括り付けられた、枝付きの赤い木の実だった。
「なんだ、これ――」
隻眼の男が言い終わる前に。
その木の実が付いた木の枝が、すばやく引かれた縄により外された。
そして。
破裂音。
辺りに白い果肉が飛び散って、甘い匂いが充満する。
驚いて三人が目を背けた、それと同時。
思わず閉じてしまった瞼の後ろで、ヨルカは何か打撲音のような物を聞いた。
「おい、なんだ? って、んあ?」
首を絞める力が緩み、ヨルカは地面に落ちた。
そして、目を開けて、何が起きたのかを確認しようとして、
「――ぇ」
そこに立っていた、第三者。
荒い息を押し込めるように肩を上下させるその男は、揺れるような黒い雰囲気を纏っていた。
その眼は薄暗い遺跡の中で爛々として、その男たちを見つめる。
「な、ナトさん……?」
今まで見たことのない――強いて言うなら、沼の村の時に近い雰囲気のナトに、気圧されるようにヨルカがその名を呼ぶ。
傍らには、オーハンスを弄んでいた男の一人が、頭から血を流して倒れている。
彼の持つ剣の柄に、新鮮な血が付着していた。
「お前っ……じゃ、じゃあ、あいつはどうした!?」
「うるさい」
突き出される銅色の剣。
咄嗟にそれを掴もうとして、触れた手のひらの皮を巻き込みながら、その剣先が足に食い込んだ。
反対側から同色の切っ先が顔を出すと、溢れるように血が流れ出す。
「ぐふっ、ぁぁ!?」
ナトは剣を引き抜くと、足で蹲る男を転がして、その背骨を剣の腹で叩き折った。
「――っ!!」
声にならない悲鳴を上げて、男は泡を吹いて倒れた。
「二度と立つな、糞野郎」
何も言わなくなったその男を見て、ナトはそう冷たく言い放った。